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バイプレイヤーズロマンス【前編】9

「…あれ……もしかして…映画館?」 「あ、バレました?」 駅構内を抜けた先にあったのは、この辺で一番大きな映画館。たくさんのカップルの間を縫って俺たちはぐんぐん前に進む。 バレンタインデーだからどこに行ったとしても混雑しているだろう…と予想はしていた。だけどここまでカップルだらけだと、さすがに怖気付いてしまいそう。映画館に来るのも、人混みの中を歩くのも…久しぶりだからなぁ。なんだか別の意味でドキドキしてしまいそうだ。それに、電子化されているとはいえ…チケットを買うだけで相当並びそう。さながら…夢の国だ。 「わー、すごい人だね!」 「ですね…!えっと…死ぬほどベタで申し訳ないんですが……まずは一緒に映画でも見たいなって思ってたんですけど…いいですか?」 「うん、もちろんいいよ!」 「よかった…!楓さんは…なにか見たい作品ってあります?」 「あーえっと…うーん……」 特大の画面に表示された作品のタイトル一覧を見るが、正直ちんぷんかんぷんだ。そもそも俺洋画しか見ないし…そうじゃなくても流行りに疎いおじさんにはタイトルだけじゃどんな作品か全く見当もつかない。 どうしよう…! 「ちょ、ちょっと待ってね…?」 「はい!ゆっくりで大丈夫です!僕はいくらでも待つんで、焦らなくて平気ですからね?」 「ありがと~旭くんやさしー!」 「あははっ…!大袈裟ですよ」 「ううんっそんなことないよ?俺結構優柔不断だから、決めるの遅くてイライラされること多いもん!だからそうやって優しく言ってもらえるのすごい助かるの!ありがとね?」 「……そう、だったんですね……僕は絶対イライラしないんで大丈夫ですからね」 「ふふっ、うん…知ってる!俺旭くんが機嫌悪いとこ1回も見たことないもん」 「そうですか…?」 「うんっ、旭くんいつもニコニコだから安心する」 「……もし僕がそう見えてるなら……それはたぶん、楓さんだからです…僕、そんないい奴じゃないですよ」 「え…?」 タイトルが並んだ画面から隣に視線を移すと、旭くんが首を傾げて俺を見た。美しい茶髪がサラリと顔にかかる。   「好きな人には嫌なとこ、見せたくないだけです」 照れ臭そうに笑う美少年に、大袈裟に胸からキュン!と高い音が鳴った。 少女漫画なら確実に恋が始まる瞬間だし、恋愛映画ならいい感じのBGMと共にキラキラのエフェクトとスローモーションで畳み掛けられそう。 これで17歳って言うんだから、末恐ろしい。 天然か、計算か、そんなことは問題じゃない。 不覚にも俺が今……17歳にときめいてしまったのは事実なのだから。 「………うぐっ…」 「……ん?楓さん?」 「…ごめ、なんでもないっ…」 俺は先程の"キュン!"を帳消しにしたい一心で胸を強めに叩く。 動揺するなっ…!大人だろ俺は!!いつものポーカーフェイスはどうしたポーカーフェイスは!! 必死に脳内で自分に言い聞かせ、数回深呼吸して…なんとか心拍数を下げることに成功する。よかった…。 「………はぁ、」 「楓さんって…普段あんまり映画見ないんでしたよね?」 「あぁ、うんそうなの…俺流行り物とか疎くて…」 「映画より…本派ですもんね」 「うん…ここ数年は特にそうかも……昔の映画は好きだから家でなら結構見るんだけど……最近のは全然……だから、旭くんの見たいのでいいよ?」 「……ほんとですか?」 「うんっ!おすすめ教えて!」 すると旭くんはおもむろに携帯を取り出し、液晶画面を指差してはにかむ。 表示された文字を見て、ハッとした。 え…? 購入……済み…? 「は…?え?」 「実はもうチケット買ってあったり、します」 「……ええっ!?うそ!?」 「今、昔の映画のリバイバル上映やってて……」 「…!ロミオとジュリエット!?」 「はい、楓さんシェイクスピア好きだから…いいかなって」 「うわ…!嬉しい!!!この映画大好きなの!!!これ大画面で見れるの!?やったー!!!」 「あははっ、そんな喜んでくれるとは思ってなかったです…!よかった!」 優しく微笑む目の前の美少年に、感動してジーンと胸が熱くなる。 旭くんは……俺が流行り物に疎いことも、昔の映画が好きなことも、きっと全部リサーチしてくれてたんだ。その上混むことも見越してチケットまで準備してあるなんて……完璧すぎる。 だけどここでひとつ……疑問が浮上する。 「あれ……待って……」 「はい?」 「俺が…、もし…違うのが見たいって言ってたら…」 「……え」 「そしたら…どうしてたの?」 「…ああ…その時は、楓さんが見たいって言った映画のチケット買いに行ってましたよ」 「…え、もうこのチケット買ってあったのに?映画のチケットって払い戻しできないよね…?もったいなくない?」 「だって、先に買ったのは僕のエゴなんで」 なんでもないことのように言う旭くんに、殴られたみたいな衝撃を受ける。 なにそれ… じゃあ、もし俺が違う作品を選んでたらこのチケットを買ったこと自体言わないつもりだったってこと…? そっか…だからチケットを買ってあることを伝えるより先に、俺に何が見たいか聞いたんだ……俺が絶対負い目に…感じないように。 やられた…… 俺今まで、交際相手にだってこんなことしてもらったことない…… 旭くんの意図を全て理解した瞬間、なんだか泣きたくなってしまった。 こんな素敵な子に想われて……その気持ちに応えることが出来ない自分が…… 殺したいほど憎らしい。 「……楓さん?どうしたんですか?」 「あ…いや、なんでもないの…ただ、嬉しくて…」 「……」 「ほら、行こ!もう開場してるみたいだし…」 「楓さん」 腕を優しく掴まれ引き止められる。 真剣な眼差しに驚いたけど、必死に平常を装って旭くんを見つめ返す。 「旭くん…なに…?」 「なにも、考えなくていいです」 「え…」 「何も考えずに、楽しんでください……」 「……」 「今日あなたが感じることにもしひとつでも嫌なことがあったなら、それは全部僕のせいです」 「あ、さひ…くん……」 「罪悪感も、不安も…全部、僕のせいにしてください」 「…っ」 「全部、あなたを好きな僕のせいです」 その言葉に…なんだか、全部見透かされたような気がした。 いや、実際見透かされていたんだと思う。 かなちゃんの…言った通りだ。俺は、この子の頭の良さを舐めていたのかもしれない。旭くんは全部わかった上で…それでも俺を好きだと言っている。 そっか…気の迷いじゃ………ないんだね。 それが、こんなにも…… こんなにも嬉しいなんて…… 俯いて考え込む俺に、旭くんはそっと寄り添う。 この子は…人との心の距離感の保ち方が抜群にうまい。つい、甘えてしまいそうになっていけない。 これはやっぱり…、彼もまた俺と同じように…… 報われない恋を、してきたからなのかな…? 「あ…楓さん、お腹ってすいてます?中入る前にポップコーン買いません?」 にこっと笑った旭くんは大人びた顔から一気に17歳の表情に切り替わる。きっとこれも…暗い表情の俺に気を遣ってくれたに違いない。 もう、ダメだよ。 本当に出来すぎてて……涙が出そう。

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