164 / 203
バイプレイヤーズロマンス【中編】4
「じゃあ~私たち大人しく帰るからぁ…伊吹ちゅーして?」
「えーっ!私もして欲しい~!最近全然してくれないじゃーん!伊吹~私も~!」
「だーめ」
「「えぇ~っ!?」」
「私、今本命いるから…もう誰の口にもちゅーしませーん」
「……あ!!もしかして本命って……日下部くん!!?」
「えっほんとに!!!?やばーい…超お似合いなんだけど~っ!!!」
BLだBLだと騒ぎ出す女の子たちを、僕は1人死んだ魚の目をしながら見つめる。
いやぁ……伊吹とどうこうとか…死んだってあり得ないんですけど。っていうかこの2人伊吹が女の子ってこと忘れてない…?
「ちーがうって!!私の本命はもっと大人で…もっと気高い……最高の美人だよ……」
「へぇ……伊吹がそんな風に言うなんて…!会ってみたーい!!」
「私もー!!!」
「だめ~!!ほら、2人とももう帰って?キスなら明日…たっぷり口以外にしてあげる」
「「はぁ~い!!」」
いや、それでいいんだ…?…なにこの世界観。突っ込むのもめんどくさい。
女の子たちが退場すると、伊吹は1人教室に入ってきて僕が座っていた席の前の椅子に逆に跨って座った。
相変わらず目がチカチカしそうなくらいの鮮やかな金髪だ。スラリと背が高くて、中性的な雰囲気の伊吹にはこの色が本当によく似合う。中性的…とは言ったものの、正直伊吹はどう見たってスタイルのいい男の子にしか見えない。顔の作りや身長、髪型がボーイッシュなこともそうだけど、なにより彼女を男性に見せる原因は…制服にある。
伊吹が纏う制服はブレザーとカーディガン、ワイシャツにネクタイ…そして、スラックス。僕は3年間一度も、伊吹のスカート姿を見ていないんだ。今はどこの学校も下の制服は自由に選べるから…多分そもそもスカートは買っていないんだろうな。
自分の着たい制服を自由に選べるようになったのはとてもいいことだと思う。こういう部分で時代の変化をヒシヒシと感じるし、誰にとっても生きやすい世界になってきたのかなと実感する。
まぁ、この姿を見るのもあと少しな訳だけど。
2人きりになった教室の中で、僕は小さく息を吐く。
さて、一体誰の差し金だろう……?
「旭何読んでんの~?……って…うわ、英語じゃんっ」
「……十二夜」
「じゅ……え?なにそれ…?」
「シェイクスピアだよ」
「へぇ~さっすが旭は頭いいな!」
伊吹は心底感心した顔で本をペラペラと捲る。
頭いい…か…
本当はそんな褒められるようなもんじゃない。僕がシェイクスピアを読み漁る理由は、かなり単純で相当邪だ。
要するに、
好きな人が好きなものを…もっと知りたかっただけ。
僕は、楓さんが見ている世界に少しでも近付きたかったんだ。
「その上イケメンだし人当たりいいし…うん、弱点無しじゃん!あー羨ましいっ!」
「………」
「…ん、なに?旭ってばすっごい見るじゃ~ん!あっもしかして…久しぶりに私に会えて嬉しい?嬉しいの?」
「久しぶりって……前会ってから1週間しか経ってないじゃん」
「十分久しぶりだって!旭だってもっと私に会いたいくせにぃ~!それに高校卒業したら今より会えなくなるかもよ!?」
「………いや、それはないと思う」
「え」
「伊吹は絶対口実作って僕に会いに来る」
「……ヤダ~旭くん自惚れ?」
「…違った?」
「………ブハッ!!違わなーい!!私旭大好きだもーんっ!」
机をバンバン叩きながら爆笑する伊吹に思わず苦笑い。ほんと、素直な子だ。
男女の間に友情は成立しない…なんて言う人もいるけど、なら僕たちのこれはなに?って言ってあげたい。伊吹は女だけど……僕の大切な友達だ。そもそも男とか女とか関係なく、恋愛感情抜きで一緒にいて心地いいならそれはもう完璧な友情でしょ。
「………ところで伊吹、誰から聞いたの?」
「え?」
「僕に好きな人が出来たこと…知ってるんでしょ?…誰から聞いたの?」
「誰だと思う?」
「…………要くん」
「あははっ!!!すっご!!大せいかーい!!!!」
伊吹は目をキラキラさせて拍手を始める。
相変わらず顔もノリもお兄さんソックリ。生写しだ。
「つまり…楓さんが僕のことを要くんに相談したわけね?」
「まぁ、そういうこと~」
「で、なんで伊吹が来たの?」
「…かなちゃんがね……私に、旭の味方になってやってって電話くれてさ」
「……え、要くんが?」
「うん…かなちゃん曰く、『今回自分は楓さんの話を聞いてるから、旭にもちゃんと味方になって話聞いてくれる相手がいたほうがいい』…とのことです!で、昔から旭と仲のいい私に白羽の矢が立ったってわけ」
「………仲、良かったっけ僕たち」
「ちょっとー!そこに突っ込む!!?」
「……ふふっ、ごめんうそうそ」
「全くもう…!ってかかなちゃん……すっごく2人の心配してたよ?」
「え?」
「『楓さんのことも旭のことも大好きだからうまくいってほしいけど、お互い優しいから相手のこと思い過ぎてすれ違っちゃわないかな…』ってさ……不安がってた」
伊吹の言葉を聞いて、一瞬で要くんの意図がわかった。
要くんは……ちゃんとわかってるんだ。
僕が楓さんのことを、あきちゃんや爽くんには相談出来ないことを。だって、僕の"好き"という感情にあの2人は……深く関わりすぎてる。
それはきっと、楓さんも同じだけど。
楓さんに相談された時、おそらく要くんは僕がひとりで感情を抱え込むことを予測したんだろう。
だから、伊吹に頼んだんだ。
そっか………要くんってほんと……
「かなちゃんって……マジでこの世で一番いい男だよね」
「………ふっ、」
「え!!?なんで笑う!!?」
「僕も……要くん大好き」
「………うん、だよね」
「伊吹とは、違う意味だけど」
「………一緒だったら困るっつの……兄貴ならまだイケるって思えるけど、旭がライバルとか私もう絶対勝ち目ないもん」
「ぶはっ…!!兄弟が恋敵って…しんどいよね?」
「マジでクソしんどい……毎日何かしらでラブラブな姿見せつけられるし、身近にいるのに触れないし、しかも今んとこ奪える予感微塵も無いし!!!…あ……ってか旭に私の気持ちわかんの~?」
「………わかるよ、たぶん……誰よりも」
僕の言葉に伊吹は少しだけ首を傾げた。それに、"なんでもないよ"と小さく呟く。
見てればわかる話だけど、伊吹は初めて会った日から要くんに死ぬほどゾッコンで超メロメロらしい。伊吹って超面食いだから要くんを好きになるのはまぁわかるとして、まさかここまで本気とは僕も驚きだ。伊吹…昔から男女問わず口説きまくってたから、特定の相手に入れ込むタイプじゃなかったのに。しかも今回は…実の兄から奪い取ろうってんだから、穏やかじゃない。関係ない第三者としては、昼ドラもビックリのドロドロ展開にならないことだけを切に祈ってる。
「で、ガチ恋中の旭くん」
「……なんですか……ガチ恋中の伊吹さん」
「私のことはいいんだって!」
「……はいはい、なんですか……」
「だからぁ、私は旭の相談に乗りにきたの!色恋のことでしたら、自他共に認める恋愛マスターのこのワタクシになんでもご相談くださいませ~ってこと!」
「………」
「ちょっとなにその微妙そうな顔!イケメンが台無しだよ!?いつものふわふわ王子様スマイルはー!?」
「………あのねぇ……高校で大奥作っちゃうような人を恋愛マスターとは呼びません」
「それはみんなが呼んでるだけだって~!!本命はかなちゃんだけだし!!」
「…なるほど、要くんが正室かぁ……」
「ねぇ一旦大奥から離れよ!?」
その正室様からの電話一本で他校に乗り込んできた癖に……
まぁでも…きっと伊吹も色々心配してくれてたんだろうな。こういう時、対等に話せる友達に話を聞いてもらえるのは正直かなりありがたい。
ともだちにシェアしよう!