196 / 202

ミスターバイオレンスの遺言【前編】6

菫が目覚めた後、軽く食事をさせてから3人で家を出た。どこに行こうかと迷ったけれど菫を暁人に会わせてやりたくて爽と暁人の愛の巣に突撃することにした。今日は楓さんの店も休みだしな。 運転しながらぼんやりと考える。 爽は…暁人に俺の妹の話をしているかな。…いや、たぶんしていないだろうな。伊吹の存在すら他言してなかったし、爽って余計なことを言わないのがいい男の条件くらいに思ってそうだ。実際ベラベラ喋るよりはその方がいいだろうけどアイツの場合ちょっといきすぎ。爽は暁人以外に興味無さすぎなとこあるからな。一途だって言えば聞こえはいいけど、爽の暁人への愛は若干狂気が混じってると俺は思ってる。果たして暁人にとってそれはいいのか悪いのか…。いやいや、今考えるべきはそんなことじゃない。 ……暁人、怒るかな。 俺に妹がいるって…黙ってたこと。 「お兄様…これからどこに行くんですか?お買い物…?」 「いや親友のとこだよ」 「え!親友さんですか…!お兄様の!?」 「そう…すげーいいやつだよきっと菫のことも可愛がってくれる」 「わぁー!ほんとですか…!」 バックミラー越しにキラキラした瞳で見つめられて、思わず笑ってしまう。どう考えたって菫と暁人は気が合いそうだな。2人とも素直でかわいいし、クソ真面目なとこもそっくりだしな。 「あ、それと爽もいるぞ」 「えっ!?爽って……樋口の…爽お兄ちゃんですか…?」 「うん一緒に住んでるから…俺の親友、爽の恋人なんだ」 「わぁ…!菫全然知りませんでした!楽しみです!!」 「爽に会うのも久しぶりだろ?」 「はい!爽お兄ちゃん元気ですか?」 「すっげぇ元気…たぶん人生で一番元気」 …色んな意味で。 なんせ、長年の片想いの相手とついに結ばれてあんなことやこんなことを好き勝手やりまくってんだから幸せに決まってる。実を言うと、最近はあの無駄に爽やかな笑顔を見ると無性にブン殴りたくなる時がある。…やらないけど。 俺の考えを他所に菫はとってもいい笑顔。かわいいったらない。 「ハイハーイッ!!ちなみに俺は爽の親友なんだよ!」 「えっ!?そうなんですか!?」 「自称な自称…爽は親友とまでは思ってないかも」 「ちょっとかなひどくない!?爽も思ってるってば!!」 「俺聞いたことねーけど」 「それは爽の照れ隠し!!」 「そうかぁ?」 「そうなの!!」 …まぁ、そうだろうな。 爽ってあのルックスでいつも知らんやつに群がられてるけど、アイツによってくる奴ってほぼみんな打算的だからな。爽の実家の太さとか、勤めてる会社の大きさとか、あの見てくれとか…人によって目的は様々なんだろうけどみーんな爽自身より爽の持ってる"もの"を欲しがる。俺も似たような境遇だからわかるけど、そういうのって話をしたらすぐ見抜けてしまうものだしそれを感じる度にまたかって絶望すんだよな。 だから…爽が恭介を友達として大切にしたいと思う気持ちすげーよくわかる。恭介って裏表ないし、バカ正直で単純だから。こういう奴ってなかなか出会えるもんじゃねーんだよな。恭介の打算も嘘もないまっすぐさは…見習わなきゃいけねぇとこだな。 「爽お兄ちゃんと恭介さんは昔から仲良しなんですか?」 「ううん、昔からではないかな!俺と爽同じ会社で同期なんだ~あ、同期ってわかるかな?同じ年に会社に入ったってことね!菫ちゃんは爽とも仲良いんだよね?」 「えっと……実はあんまり会ったことはなくて…でも、会った時はいつも優しくしてくれます」 そう言いながら菫は下を向き、ぽわ…っと音がしそうな勢いで頬を染める。 菫は生まれた時からフランスで暮らしていて、たまに母親の仕事で日本に帰ってくる時もほとんど家に籠っているから爽とは数えるほどしか顔を合わせたことがないらしい。そもそも、俺と爽だって暁人がいなければこんなに頻繁に会ったりするような距離感ではなかった。親戚としてアイツのことは好きだし、小さい頃から仲は良かったけど爽の母は結城の所謂本家の出で…うちの母は分家の出身。母親同士は仲が良かったけれど、俺たちが遭遇するのは互いが結城本家の御屋敷に帰る時だけ。その帰省も大人になってからはほとんどしていないのだから、菫が爽にあまり会ったことがないのは当然なんだ。 「恭介、爽に電話しとけ」 「えっなんで?サプライズでいいじゃ~ん!!俺爽のビックリする顔みたーい」 「バカ家にいない可能性もあんだろ…それにもしアイツらが…」 言いかけて、やめる。 何故なら恭介が俺を見てハッとした後、しっかりと頷いたから。菫は全く気にしない様子で外を眺めている。…よかった。6歳に聞かせるような話じゃないからな。 ………そう、つまりアイツらが昼間っからよろしくやってたら気まずいどころの騒ぎじゃないってこと。 言わせんな皆まで。 「おっけ~じゃあ電話しときまーす」 「ん」 「菫ちゃんもいるって言っていいの?」 「もちろん」 それから恭介はすぐに爽に電話をかけ、訪問の許可を取り付けた。俺が暁人への言い訳を考えながら運転している間、後部座席の恭介と菫はなにやら楽しそうに会話を弾ませている。 ……仲良くなんのはいーけど、頼むから人の妹たらし込むなよな。…ってこれ俺が恭介に言えるセリフじゃねーわな。

ともだちにシェアしよう!