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ミスターバイオレンスの遺言【前編】7
数分で到着し、近くのパーキングに車を停めてから爽と暁人のマンションへ向かう。その道すがらもずっと黙り込む俺に気を使ったのか、恭介がさりげなく声をかけてくれた。
「ねぇねぇかな~」
「ん?」
「聞いてもいい?」
「なに」
「かなのおうちって本っ当にセレブなんだね?」
「え、なんだよいきなり」
「だって俺"お兄様"呼びの兄妹初めて見たもん…ガチのセレブって家族間の呼び方からして庶民とは違うんだなぁ…と思っちゃった」
「あー……それはあれだな、おふくろがそう言えって言ったからだ」
「そうなの?」
菫の方を向くと同意するようにブンブンと縦に頭を振っている。
「俺は呼び方なんてどうでもいいんだけどな…別に呼び捨てでもいいし」
「へぇ~~」
「ちょっと待ってくださいお兄様っ…!それはダメです!呼び捨てなんてそんな失礼なこと…」
「あのなぁ菫……お前母親に結構極端な教育されてると思うぞ?普通実の兄貴に様付けは…」
「ダメですっ!だって菫はお兄様のことお兄様って呼びたいですし…!」
「え、そうなのか?」
「はい!お兄様のこととても尊敬してるので…!」
「………へぇ、そっか」
尊敬されるようなこと……俺したか?
よくわかんねーけど、まぁ…悪いことではないしな。すっげー堅苦しいけど。
「あ…でも爽は"爽お兄ちゃん"だろ?」
「そうですね」
「じゃあ俺も"要お兄ちゃん"でいいだろ」
「でも菫…いまから変えられる気がしません」
「……確かになぁ」
「だからお兄様はお兄様でいいんです!」
「まぁ、菫がいいならそれでいいけど…」
「はいっ!」
俺と菫の会話を黙って聞いていた恭介はなぜか涙目になり、グッと目頭をおさえた。
…いや、なんでだよ。
「ええっ…お前何?」
「だって…うぅっ……!健気すぎて泣けるって…今の会話っ…伊吹に聞かせてやりたいっ!!菫ちゃんの10分の1でいいからアイツにも兄を敬う心を持って欲しいっ…!!俺も尊敬されたいっ!!!」
「……ごめん否定してやりてーけど無理だ……めちゃくちゃ同情するわ」
「だよねぇ!!かなへのアプローチしかりフォローできないことしてるよねぇアイツは!」
「い……いぶき…?」
「ああ、うんそうだよ伊吹は恭介の妹」
確かに、伊吹は相当恭介のこと舐めてるな。いつも恭介をいじり倒している俺が慰める役に回るほどには。
「あの…恭介さんの妹さんは…いじわるなんですか…?」
「えっ?あ~うーん…少しいじわる…なのかなぁ?」
「恭介にだけな?普段はすごいいい奴だよ」
カメラの腕は超一流だしな。兄貴の恋人をところ構わずすんげぇ口説いてくるけど、それ以外はマジでいいやつ。昔からずっと腐れ縁らしい旭も『伊吹は軽すぎる以外の部分で欠点は特にない』って言ってたしな。高身長、ルックス良し、性格良し、社交性SSR、天賦の才有り…って和倉伊吹マジでとんでもねぇな。超かっけー女。
「恭介さんにだけ…?仲が悪いってことですか?」
「いや…お前ら仲良いよな?」
「そりゃいいよ!2人だけの家族だし…仲だけはめっちゃいい!ただ伊吹が俺のことを舐め腐ってるだけで!」
「……?菫…よくわからないです」
「あははっ…だよな?菫もいつか伊吹に会う時が来たらわかるよ」
俺がそう言うと、菫はニコッと笑って『会えるのが楽しみです』とかわいくつぶやいた。それを見て俺も恭介も思わずニヤケ顔。かわいいは正義だ。
まぁ…ここだけの話この会話が数年後の盛大な伏線になる訳なんだけど……その話はまた今度……っていうか俺はその話マジでしたくないの!!察してくれ!!
「おー…いらっしゃい…着くの早かったな」
「お邪魔します……って、あれ…アイツは?」
「あきなら今風呂掃除してる」
「……お前は?」
「俺は掃除機かけてた」
このキラキラ王子の口から"掃除機かけてた"なんて言葉を聞く日が来るとは……爽の顔をマジマジと眺めながら、ふとそんな事を考える。
世界屈指のIT企業のCEOと老舗呉服屋結城本家のご令嬢から生まれた息子がこんな庶民派王子になるとはな……暁人の影響力すげーわ。
「菫久しぶりだな…元気そうで良かった」
「はい…!爽お兄ちゃんもお元気そうでよかったです!ご無沙汰しておりました…!」
「あははっそれはそれはご丁寧に…なんかあれだな、菫はずいぶん大人びちゃったんだな」
「そ、そうですか…?」
「ねっ!!!さっすがかなの妹~!!6歳にしてこの完成度ってやばくない!!?天才じゃない!?」
「……少なくとも現状恭介より大人だもんな」
爽は『いじわる~!!!』と叫びながら抱きつく恭介の顔面を片手でおさえながら『ちけーよアホ』と笑っている。
おうおう…相変わらずいちゃついてんなこの親友コンビも。
「爽わりーな休みの日に押しかけて」
「いや…まぁ…今日は特に出かける予定も無かったしな…」
そう言う爽の目線は俺の斜め上を見ていて…それだけで色々察する。つまり、出かける予定は無かったけど暁人とベタベタする予定はあったのだろう。このムッツリすけべめ…無駄に爽やかな顔で誤魔化してんじゃねーぞ。誰が騙されても俺だけはぜってーお前の顔面の良さに騙されんからなこのヤロー。こっちは圧倒的に暁人派だっつーの。
「紅茶でも淹れようか」
「……ああ、…うん」
「……?要…どうした?」
「まぁ…その、」
「ああ…あきのこと?妹がいるって言ってなかったからか?」
「こっわ…テレパスかよお前…」
相変わらず暁人が関係する時はゾッとするほど鋭いなこの男。
中に通された後俺は爽とキッチンへ、菫と恭介はキッチンとダイニングを抜けてそのまま大きなソファのあるリビングに向かう。
恋人と大切な妹が楽しそうに窓の外を眺めている姿はなんだかとっても微笑ましい。どうやらもうすっかり打ち解けてしまったらしい。どっちかと言うとシャイな菫をこうも簡単に懐柔するとは…おそろしや和倉恭介…。
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