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ミスターバイオレンスの遺言【前編】8
「爽ってさ…菫のこと暁人になんも言わなかった感じ…?」
「うん」
「全く?1ミリも?」
「ゼロだな」
「やっぱりそうだよなぁ…お前はそういう奴だよ」
「なんだよ…妹がいるって俺から言って欲しかったのか?」
「いや……言わないでくれて嬉しいよ…いつかは自分から話そうと思ってたし」
「へぇ……にしては随分と複雑そうな顔だな…ってか不機嫌?」
「うるせーよ」
眉間のシワに手を当てながら小さく悪態をつくと爽がニヤッと笑った。一瞬見えた真っ白い歯が無性に癪に障る。この男に四六時中こうやっていじられ続けているであろう親友の精神状態が今更ながらちょっと心配。俺なら多分1日持たずにグーでいってる。
「ようやく言えるチャンスがきて良かったじゃん」
「まぁな…」
「……ふぅん……要は相変わらず家族と折り合い悪いのか?」
「……まぁ」
「可憐さんとは連絡取ってんだろ?菫がいるってことは可憐さんも帰国してるんだろうし1回くらい会ってみれば?」
「やだ」
即答する俺を見て爽はケラケラと笑い声を上げる。
チッ…ちゃんと手元見ろよな。火傷するぞ。
「いいだろ1回くらい」
「やだめんどくせーもんあの人…会ってもぜってーろくなことにならない」
「要…お前自分の母親にそれはないだろ?仮にも自分を産んでくれた…」
「チッ……爽の家とは違うんだよ」
言った瞬間、それ以上言うべきじゃないと頭ではわかっていたのになんだかもう止まらなくて…黙り込む爽を見ながら口が勝手に動く。こんなこと、言いたいわけじゃないのに……
「お前のとこみたいに仲良しこよしの関係なら俺だってこんなこと言わねーよ…でも俺の家は親が離婚してるし…義理の父親とも…」
「要が素直になれねーだけだろ」
「………」
「あ…」
「……まぁ、そうだけど」
というか…完全にその通りだ。
普段こういうことに首を突っ込んでこない、事なかれ主義の爽に図星を突かれて少々口籠ってしまった。俺が黙っているのを見た爽はばつが悪そうな顔で頭をかきながら目を泳がせる。
「あー…ごめん、今のは完全に言い過ぎだな悪かった」
「いや俺の方こそ…」
「その……説教したいわけじゃなくてさ…あきが…」
「え?暁人?」
「うん……あきが、ずっと前から要と可憐さんの仲を結構心配してて」
「は?なんで…?俺暁人におふくろのこと相談とかしたことないと…」
「そうなんだろうけどなんて言うか…たまにポロッと口に出してたって言うか…」
「なんて?」
「うーん…『要ってお母さんとあんまり会いたくないのかぁ』とか、『家族と会える時間作れてるかなぁ』とかは聞いたことあるかな……俺は何も答えてないけど」
「マジかよ」
暁人が…?
考え込む俺を見て爽は再び困った顔をする。
「あきはさ…要がすごく大事で心配なんだよ」
「……」
「それにあきは元々可憐さんのファンだろ?ほんとは色々聞きたいこともあったんだろうけど要が可憐さんのこと話題に出して欲しくないこともなんとなくわかってたんだよ…だからお前に直接は言わなかったけど心の中ではすげー心配してたんだと思う…それが俺にはちょっと漏れちゃってたって感じかな」
「……ああ…そっか…そういうことか…」
「うん、だから…もし要にちょっとでも可憐さんと会う気持ちがあるなら…会ってくれたらいいなって…いや、わりぃ…マジで俺お節介だよな」
急に恥ずかしくなったのかごにょごにょと語尾が小さくなっていく爽に、一拍置いて吹き出してしまう。珍しくほんのり赤くなった頬を見て余計に笑えた。
「……ぶふっ…」
「このやろー笑ってんじゃねーぞ要」
「ごめんごめん…!いや、なんかさ…爽って相変わらず暁人至上主義なんだなぁって思ったら期待通りすぎて嬉しくてさ」
親友として、爽が暁人をここまで大事にしてくれて…素直に嬉しい。
「……そりゃ…そうだけど…それだけじゃなくて」
「え?」
「その、つまり…」
「……?つまり?」
「俺は俺個人としても要に幸せになって欲しいって思ってるから」
「………」
「だから…要が母親だけじゃなく…家族とも歩み寄れたら…あきだけじゃなくて俺も嬉しいってこと」
なんだ。ああ、そっか。
これって単純に………照れ隠しじゃん。
「………なるほどなぁ」
「なんだよ」
「みんなお前のそういうとこにやられちゃうんだなぁって…」
「……は?みんな?みんなってなに誰?」
「爽…お前ってほんとに嫌な奴」
「は!?なんで今の流れでそうなんだよ!?めちゃくちゃいいこと言ったろ!?」
「ぶはっ…!!うそうそ!!お前はいい奴!!」
「説得力ねーよ!!」
混乱しているらしい再従兄弟様を宥めつつ、紅茶をいただく。
おお、たまには紅茶もありだな。超うまい。
「…それに、」
「ん?」
「ただでさえ俺たちには厄介な"本家"がついて回るんだから…自分の家族とくらいなるべく……」
爽がそう言いかけたところでリビングの扉が開かれた。中に入ってきたのは、ラフなTシャツ姿の絶世の美少年。長めの前髪はヘアゴムで頭上にくくられてぴょんぴょんと跳ねている。
…言わずもがな、俺の大親友だ。
「爽~掃除機ありがとー!お風呂のお掃除も終わったよー!ピッカピカ!あとは買い出しでも………って……え……えっ!!!?要!?」
「……おう暁人」
「ええっー!!?なになになに!?なんでいるの!!?」
「………オイ爽…」
「……ごめん掃除中だったからあきにお前ら来るって伝えんの忘れてた」
「ぜってーわかっててやってんだろお前!!!」
「だって……ほら見ろよ、あきのびっくりした顔かわいくね?うわぁ…写真撮っとこ…」
「……お前マジで結構きもいよ?」
このクソ変態王子!!!
うっすらとニヤけている爽のケツに軽めの蹴りをお見舞いしてから暁人に駆け寄る。
「暁人…!その、実は俺…」
「…ん?どうしたの要?」
「えっと、あっちに…」
早いとこ菫を紹介してしまおうとソファ側に向かって指を差した瞬間、暁人の大きな瞳がさらに見開かれた。
そして、絶叫。
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