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ミスターバイオレンスの遺言【前編】11

「えっと、じゃあ…」 「……」 「俺の部屋…来る?」 「……ん」 他意は無いはずなのに、なんだかエロくも聞こえてしまいそうなちょっぴり刺激的な発言だ。もし俺以外の誰かに言ったら、爽が泡吹いて気絶しそう。なんて、俺と暁人の関係でそんなことはあり得ないわけで…だからこそ成り立つ会話だ。 俺がしょうもないことをぐるぐる考えている間も相変わらず暁人はニコニコとしていて、そのせいで余計に本心が読めない。怒っては無いみたいだけど…きっと俺に対して聞きたいことはたくさんあるんだろうと思う。 暁人の部屋に入ると、相変わらず綺麗に整頓されていてひとつも無駄がない。さすがミニマリスト。当然掃除も行き届いていて、思わず爽が掃除機をかけている姿を想像してしまった。アイツは案外いい旦那さんになるタイプなのかもな。 「……俺、暁人の部屋来たのすげー久しぶりじゃね?」 「あ、そうかも…!最近はずっと要のお家行ってたもんね」 「だってここで作業すると何だかんだ理由つけて爽が邪魔してきそうだからな…想像するだけでうぜーもん」 「あははっ…!さすがの爽も空気読むって!」 「いや読まねーだろアイツは…読めるくせに読まねーよそういう時」 「ふふっ…タチ悪いタイプだねぇ」 「だろ?わかってんならなんで爽と付き合ってんだよ…お前なら引く手数多だろ」 「え~…だって俺…爽のこと大好きなんだもん」 隣り合ってソファに腰掛けた瞬間、緩み切った表情の暁人を見てため息が漏れる。今日は前髪が上がっていておでこが全開だからか表情がよく見える。素の顔を見せてくれるのは嬉しいけどちょっと無防備すぎじゃねぇか?俺だからいいけど、並の男ならこの無防備さにクラっとくるだろうな。暁人にはそんなつもり微塵もないんだろうけど。 「ウゲッ…お前それ爽の前で言えよ…なんで俺と2人きりの時に言うんだよ」 「そんなん恥ずかしいから以外にある?」 「恥ずかしい…!?生娘じゃあるまいし今更すぎるだろ…お前ら付き合ってからどんだけヤリまくってると思ってんだよ」 「ハァ!?なにそれっ!なんでそんな話になるわけ!?し、知らないくせにっ!!」 「いや俺結構色々すんごいとこまでお前から聞いてるけど」 「………ぐっ…」 「聞いてないことまでぶっ込んでくんじゃん暁人」 「……うっ…」 「言い返せないだろ?」 「……ぐうの音も出ないです…」 頬を染めつつ苦い表情をしている親友を見つめながら、プッと小さく吹き出す。やっぱこいつの"恥ずかしい"の基準って意味不明。 クッション相手にパンチをお見舞いしてひとしきり感情を爆発させ終えた暁人はようやく落ち着きを取り戻す。コイツの照れた姿は相変わらず抜群にかわいい。 「……で?要はどうして俺と2人っきりになりたかったの?」 「は?」 「なぁにその返事」 「…チッ……わかってるくせに聞くなよ」 「ンー……やだ」 「…それは、あれか?今まで言わなかったことへの仕返し的な?」 「やだなぁ俺そんな底意地悪くないってば!ただ……要の口から全部聞きたいだけ」 「………」 「俺、ずっと待ってたからさ」 俺から視線を外した暁人はクッションを抱きしめて静かに俺の言葉を待つ。 ……まぁ、そうか。そうだよな…知ってたんだもんな。 「………菫は……俺の……父親違いの妹だ」 「うん」 「今までお前にすら言わなかったのは……菫のことを言えばおふくろや家族の話もしなくちゃいけなくなると思ってたからなんだけど……俺…母親とは全然仲良くなくてさ…お前が"結城 可憐"の大ファンなのは出会った日から知ってたし…つまりなんて言うか……失望させたくなかった」 母の作品を好きだと言ってくれた暁人に母との関係が良く無いと伝えることは、暁人の好きなものに余計な先入観を与えると思った。誰かの"好き"に関係のないフィルターをかけることは1人のクリエイターとして最低の行為だと知っているから。 …だから、言いたくなかった。話してくれなかったと暁人が悲しむことより、お前が好きなものを守ることを選んだ。 それに俺は… 「俺は、初めて会った日暁人におふくろを好きだって言ってもらえて嬉しかったんだ」 「要…」 「なのに……逃げてごめん」 俺は俯きながら小さく頭を下げる。 おふくろと俺は、母と息子の関係としては今も不完全で他人から見てもかなり歪だと思う。でも…それでも俺があの人の仕事を尊敬していることは事実だから。あの人が実の母親で、俺は誇らしいんだ。 「そっか……」 「……」 「あのね要」 「ん?」 「たくさん悩ませて…ごめんね?」 「…なんで暁人が謝んだよお前が謝る必要なんて…ねぇじゃん」 「…ふふっ、いいの…悩ませちゃったから」 この世のものとは思えないほど優しい声で暁人は呟く。そして、そっと俺の頭に手を置くとゆっくりと撫で始めた。ハイトーンの髪がぐちゃぐちゃにならない程度に、まるで赤ん坊でも撫でているかのような本当に優しい手つきで。 不思議だ。なんでこんなに泣きたくなるんだろう。 「要」 「…?」 「……それは、逃げじゃないよ…俺が絶対逃げだなんて言わせないから」 「……え」 「っていうか要が誰よりも優しいこと俺が一番知ってるんだからね?要がお母さんや家族のこと話さないのになんか事情があることなんて最初からわかってたから!」 「……そっか…そうだよな」 「うんっ!!泣く子も黙る結城 要様の親友の座を勝ち取った俺のこと舐めないで欲しい!」 「…は?…いや、舐めては…ねーけど」 暁人は両手で俺の頬を挟み込むと自分の方を向かせ、そのまま優しくぎゅっとプレスした。必然的に唇の突き出た俺を見て暁人はクスクス笑い出す。それから、首を傾げて目を細めた。その眼差しがあまりにもあったかすぎて、なんだか半分お湯にでも浸かっているような錯覚。 「結局さ…要は俺のこと考えてくれてたんだよね?」 「……ん」 「なら要が反省したり謝ったりすることなんてないよ?だって長い間黙ってくれてたことも、今話してくれたことも、俺は同じくらい嬉しいんだもん」 「……」 「要…俺ね、要が旭を受け入れて大切にしてくれてるように…絶対菫ちゃんを大切にするよ」 「……あき、と…」 ああ、俺…コイツのことみくびってたかもしんねぇ。暁人が俺の気持ちに寄り添ってくれない訳がない。菫の存在を受け入れてくれない訳がない。 爽になんて言われたっていい。暁人はやっぱ俺の天使だ。

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