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ミスターバイオレンスの遺言【前編】14

爽と暁人に別れを告げて、急いで実家に向かった。実家までの数分間も、恭介と菫はキャッキャと楽しそうに話を弾ませていた。フランスでの日常はどうとか、どんな学校に通うのかとか、習い事はなにをしているのかとか…俺だって聞いたことのない話ばかり。恭介本人が聞きたかったことというより、たぶん俺に聞かせたくて菫から話を引き出していたように感じた。その聞き方がとても優しくて、穏やかで、テンポも絶妙。さすがは一流商社で営業やってるだけはあるな…と思わず感心してしまった。相変わらず口先のうまさなら本当に右に出る者がいない。…いや、伊吹がいたか。 実家の門の前まで来ると、菫の身の回りの世話をしてくれている使用人の女性が2名外に出てきてこちらに向かってお辞儀をした。門を開けるかとジェスチャーされたが、首を振ってそれを断る。敷地の中になんて入ったらおふくろに会わなきゃいけなくなるじゃないか。なんとかそれだけは回避したい。 「あー………かなぴょん…?」 「そのあだ名で呼ぶなつってんだろ」 「いや…ごめん……俺すげー驚いちゃって……」 「は?なにに?」 「だって…これ……この…囲い…?全然終わりが見えないんだけど……」 「ああ…これな、うちの実家だけじゃなくて結城本家のお屋敷も纏めて囲われてるからな」 「………はぁ……いや、すごいね…とんでもないお金持ちとは知っててもいざ目の前にするとマジで理解追いつかない」 恭介は興奮しているのか落ち込んでいるのかよくわからない目をして囲いの行末を眺める。 「あ、爽の実家も近くにあるぞ敷地は繋がってないけど」 「へぇそうなんだ」 「アイツんちは樋口の親父さんが建てたから、ゴリゴリ日本家屋の結城と違ってすげー近代建築だよプールとかある」 「プ!?」 「テニスコートもある」 「テ!!?」 「風呂場ガラス張りだしな」 「ガ!!!?」 「……お前おもしれーな」 俺たちの会話を黙って聞いていた菫は手で口元を隠しながら上品に笑う。それと同時に使用人の1人が後部座席のドアが開け、菫に手を差し出した。その手を優しく握り返し、菫はまるで蝶のように軽やかに車から降りた。その仕草があまりにも手慣れていて、なんだか懐かしさを感じてしまった。運転手付きの生活をしていた頃は、きっと俺もこんな風に見えていたんだろう。やっぱり菫はどう足掻いたって俺の妹なんだ。同じような環境で同じように教育され、そして同じように浮世離れした子供になってしまっている。 それがいいことなのか悪いことなのか俺にはよくわからない。わかるはずない。だからこそ爽の言う通り、兄としてずっと見守らなければならない。 「要お兄様今日はほんとうに楽しかったですありがとうございました」 「ん、そっか良かった」 「恭介さんも…たくさんお話してくださって嬉しかったです」 「俺もすっごくすっごく楽しかったよ!!!ぜひまた遊んでね!!」 「はい!」 「じゃあ…俺たちもう行くから…またな」 俺がそう言うと、菫は少し迷った顔をしたあと再びゆっくりと俺を見た。俺の目を…というより、心を見透かされた。デジャヴ…?なんだろうこの感覚…不思議だ。だってこれが6歳の女の子のする目か…? あ…ああ、そっかわかった…。そうだ、この感覚…旭に初めて会った時と似てるんだ。 「菫……どうした…?」 「あの……」 「ん?」 「えっと……その、要お兄様と恭介さんは…恋人なんですか?」 俺が返事をするよりも先に恭介の間抜けな『へ?』が宙を舞う。今日一日必死で避けていたはずの真実があっさりと菫の口から飛び出した。旭に初めて会った時も思ったけれど、今また同じように思う。 一体人生何周目なんだ…? 「……だったら、菫は……嫌か?」 「え?」 「…もしそうならごめん、でも俺たち真剣に…」 「あの…!待ってくださいお兄様!菫ぜんぜん嫌とかじゃないですっ!」 「え?そうなのか…?」 「はいっ!恭介さんすごく素敵ですしお兄様ととってもお似合いだと思います!」 目をキラキラさせて言う菫を見て、俺も恭介もホッと胸を撫で下ろす。なんだ…よかった。ただでさえ実の母親からは反対されているんだろうから余計に。 「それに要お兄様は……」 「ん…?なに?」 「あ、いえ…!要お兄様が幸せなら菫もすごく嬉しいので…」 「菫…」 「では菫はもう帰ります!」 「待って菫」 「…はい?」 「……ありがとな」 「こちらこそです、お兄様」 それから菫は俺たちに向けてたっぷり笑顔をくれて、手を振りながら家に入っていった。それを見届けた使用人もこちらに一礼してから帰って行く。 車内にほんの一瞬沈黙が流れる。数秒後、恭介が後部座席から助手席に移動してきた。恭介にしては珍しく真面目な顔。おまけにハァ…と小さくため息を吐きながら目を伏せる。言いたいことは大体わかっているさ。その原因の大部分が自分だと言うことも。 「普通さぁ……あのくらいの年の子ってもっと自分本位なはずじゃないの…?」 「………だよな」 「だって伊吹の6歳の頃なんてまだ鼻水垂らして走り回ってたよ…?そしてその鼻水を俺につけて遊んでたよ…?あんな…大人みたいな顔も話し方も…間違ってもしたことなかった」 アホ兄妹の微笑ましいやり取りを一瞬だけ想像して、少しだけ口角が上がる。この場にいなくったって荒んだ心をちょっぴり和ませてくれる恋人の妹にも小さく感謝。多分明日撮影で会うから、その時に直接お礼でもしておこう。本人からしたら本当になんのこっちゃ過ぎるだろうけど。たまには俺もそういう訳のわからないこと言ったっていいだろ?お前ら兄妹は俺に対して常に訳わかんねーこと言ってんだからさ。 少々重い空気の中、隣でクシャっと髪をかきあげる恭介を横目で覗く。その珍しい仕草が、なんだかすごく大人の男って感じで結構好き。おちゃらけてないお前の顔は、俺結構タイプだよ。…なんて言ってはやらないけど。 「菫ちゃん……かなに会えなかった寂しさとか日々の生活への不満とか、きっと心の中で抱えてることたくさんあるはずなのに全部飲み込んで最後に大好きなお兄ちゃんの幸せを願って去って行くなんて……そんなことある?」 「いっそこえーよな…大人すぎて」 「ほんとだよっ!なんか逆にめちゃくちゃ心配になっちゃったよ!」 「………俺のせい、だな」 そう、全ては俺のせい。俺と……おふくろのせい。

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