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ミスターバイオレンスの遺言【前編】15
あんな小さな背中で背負うには、結城の血は重過ぎるよな。どうしてもっと考えなかったんだろう。どうして妹の変化に寄り添わなかったんだろう。あの子は今日、どんな気持ちで俺に会いに来たんだろう。
助けを求めてきた訳じゃない。だけど、俺に会いたかったのはきっと心のどこかで寂しさを感じていたからじゃないのか。
「……俺、自分のことしか考えてなかったなって…」
自分が家族に馴染む気がないからって、妹の気持ちをおざなりにしていい理由にはならない。わかってたはずなのに……俺、ずっと見ないふりしてた。あの子にはあの子の人生があるんだから、俺みたいな兄貴ならいない方がいいなんて心の中で言い訳ばかりして……関わることから逃げた。爽に言われるまであの子が自分に似てきていることにも気が付かなかった。
「恭介っ……おれ、最低だよな…」
なんだかもう内心ぐちゃぐちゃで、こんなこと言われたって恭介も困るってわかってんのに口に出してしまった。
すると恭介は助手席側から身を乗り出し、俺の手首を掴むと勢いよく自分の方に引いた。普段は絶対やらないような強引さに驚いて恭介を見上げると、死ぬほど優しい瞳に俺が映る。逞しい両腕に閉じ込められて、俺の恋人は身体全部で俺を肯定しようとしているのだと理解する。バクバクとやかましい心臓とは裏腹に頭はなぜか冷静で、ここ…実家の前なんだけどなぁ…としょうもない心配がよぎった。
「…‥お前、たまに強引な?」
「たまにだから許してよ」
「別に怒ってねーよ……慰めてくれてんだろうし……」
「うん、慰めてる」
「心臓の音うるさ」
「それはかなもじゃん」
「ん……だな」
「まだ俺にドキドキしてくれて嬉しいな」
「そんなん……ずっとするわ」
「……今日はデレてくれる日なの?」
「別に…」
誰にも聞かれたくないソフトなイチャイチャトークが逆に恥ずかしくなってきて恭介の肩口にさらに顔を押し付ける。俺の家で洗濯したから服からは俺の匂いがして、なんだか無性にいやらしい気持ちになる。自分の男から自分の匂いがする。それだけでたまらない優越感が込み上げた。たぶん…人はこういう時、なだれ込むようにセックスするんだろう。不安や焦燥感を身体で分かち合う。まぁ…俺たちには無理な話だけど。
「俺はさ……かなはいいお兄ちゃんだと思うよ?」
「は?どこが?全然会ってもないのに?」
「だってそうじゃなきゃ菫ちゃんはかなの家まで来てないんじゃない?」
「………」
「菫ちゃんが会いたいって思ってくれるくらいには、かなもちゃんとお兄ちゃんしてたってことじゃん」
「……そう、なのかな…」
「俺はそうだと思うよ?菫ちゃんは確かに大人っぽいし、精神面の成長の早さに不安はあるけど……でも、これからはかなも見守れるでしょ?全然今からでも遅くないよ」
恭介は身体を少しだけ離すと、ポンポンと俺の頭を撫でながらヘラりと笑顔を浮かべる。
……遅く、ないのかな。今からでも。それなら俺は精一杯妹の成長に寄り添わなきゃいけない。いや…寄り添いたい。
「兄貴としては俺かなより先輩だからね!だから俺もかなの隣でちゃんと菫ちゃんを見守れるよ!」
「………ん」
「…あはっ!かわいい顔」
「うるせー…どんな顔だよ」
「うーん……不安が一気に安心に変わって…それで」
「……?それで?」
一瞬で笑顔の消えた恭介は俺の前髪を耳にかけ、頬に手を添えた。ドクっと心臓がさらに跳ねて、身体が熱くなる。
「俺にキスして欲しいって顔」
出来ないってわかってんだろ!とか、そんな顔してねーよ!とか色々言いたいことはあるのに全然言葉にはならなくてただただ熱くなった身体を持て余す。目線だけはひたすら恭介に釘付けで、お互い相手の心の中を覗こうと瞬きすら忘れた。
「…ふはっ…なんか俺たち、目でキスしてるみたいだね」
「…なんだよ…それ」
「えー?かなもおんなじこと思ったくせにぃ~」
「……」
「ふふっ、やば…クソエロいね」
「なんかお前今日…口説き方がねちっこくね?ローテンションで歯の浮くようなこと言うから…調子狂うって…」
「大人の余裕を感じるでしょ?」
「……すげーちんこ勃ってるけどな」
「ねぇっ!!それは言わないでよぉ!!」
一瞬でいつもの恭介に戻ってしまって俺も吹き出す。大人の余裕どころか、コッチの方は高校生みたいだ。付き合ってから結構経つのにいまだに抱き合っただけでこの有り様なんだから笑ってしまう。…まぁ、キスもセックスも出来ない俺のせいで耐性がなかなかつかないってのがでかいんだろうけど。
「……かな」
「ん?」
「ここまで来たのに…お母さんに会わなくていいの?」
「……いいよ」
「ほんとに?」
「…また、今度な」
「ふふっ…、うんそっかわかったよ」
断固拒否だったはずがほんの少しだけ前向きに変わった俺の言葉に、恭介は満足したように笑った。
「んじゃ、帰るか」
「ねぇ俺今日も泊まっていい?明日も休みだし」
「…いいけど俺写真の整理あるから今日はお前に構えねーぞ」
「…ちょっとぉ~かなってば俺のこと身体目当てだと思ってなぁい~?失礼しちゃーう」
「それは思ってねーよ」
「えっあれ、マジレス?」
「どっちかって言うとフェラ目当てだもんな」
「ちょ…!?本当に失礼なんだけど…!!!」
「気持ちいいくせに」
「そりゃね!!!?死ぬほど気持ちいいよ!!?かなは本当になんでも上手だよね!!?だけどそれとこれとは話が別っていうか身体目当てよりタチ悪いっていうか!!!?」
「ぶはっ…!ハイハイ、ごめんな冗談だよ」
「俺の中の美少女がかなにデリカシーないって叫んでるっ!」
「……ふはっ、"美"少女なんだ…自己評価たけー…」
バカな会話を楽しみつつ、恭介も俺もしっかりとシートベルトを押し込む。ゆっくり車を発進する瞬間、バックミラー越しに一瞬見えた人影は多分本家の人間だろう。…だけど、見ないふり。俺には関係ないんだから。
帰ったら恭介にホットケーキでも作ってもらおうかな…なんて考えながら、俺は右折のためにウインカーを出した。
…To be continued.
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