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ミスターバイオレンスの遺言【後編】1
ひとり暮らしの部屋の中に自分以外がいる環境にももう慣れっこになってしまった。休みの日はほぼ確実に恭介が泊まりに来るし、例の写真集の撮影のために暁人と伊吹も結構な頻度でここにやってくる。そしてたまーに楓さんが飲みに来たりもする。
最初はこの環境がとにかく不思議だった。他人と一緒にいるのが苦痛じゃない自分。1人じゃない自分。1人でいることが平気だと思えなくなってしまったのはいいのか悪いのか。それもこれも親友との出会いから全てが始まっているわけで…俺の人生本当に暁人によって大きく変えてもらったんだなぁとしみじみ思う。
そんなことを考えながらぼんやりと写真を眺める俺とは裏腹に、同じ撮影部屋の中にいる2人はすこぶる騒がしい。
「これってもう撮影は終了でいいんじゃない?」
「うんっ俺もそう思う!!」
「だよね!あとはかなちゃんが選んだ写真を私がレタッチして…うん、よし!撮影は今日で終わりでいいね!」
「やったー!」
一緒にカメラの液晶を覗き込んでいた伊吹と暁人から同時に視線を向けられ、俺は手にしていたノートパソコンから顔を上げる。いつも通り某歌劇団の男役にしか見えない伊吹と、俺が作った服を身に纏いバッチリ化粧までされた暁人。やっぱりこの2人、誰がどう見ても性別が逆に見える。
「ん…終わりだな2人ともお疲れ様」
「「よっしゃー!!」」
元気いっぱいの雄叫びが聞けてなにより。準備段階から数えたら半年以上かかってようやく撮影が終了。これからゆっくり編集作業をして、卒業までかなり時間をかけて写真集を完成させられそうだ。0から全部自分で作った数十着の衣装が、モデルの暁人とカメラマンの伊吹の力で何倍にも素晴らしい作品へと化けた。これで俺のデザイナーとしての未来も明るいかな…なんて、それは自惚だな。
「ようやく終わったかぁ…」
「終わったねぇ」
暁人はいつも通りとびきりかわいい笑顔を俺に向ける。なんて眩しいみんなの天使。
「伊吹も暁人もありがとう…長い間本当にお世話になりました」
「うん、要もお疲れ様」
「この御恩は一生忘れません…」
「あははっ…大袈裟~!!」
「………」
「伊吹はなんで無言なんだよ」
「えー?だって……なんかかなちゃんサンジみたいなんだもん今にも土下座しそう」
伊吹の予想外の一言に隣にいた暁人もブハッとでかい音を立てながら吹き出した。
「伊吹さぁ人が感謝してる時にそういう茶々を…おい暁人も笑うなこのやろー」
「ふはっ…!だってほんとにそうだなぁって思っちゃって…!伊吹ちゃん天才っ…!ふっ、ふふっ…!」
「だよねー!?今すぐ出港しそうだったよね!?」
せっかく人が頭下げてんのに平気でこういうこと言ってくるとこ…マジで恭介そっくり。いや、むしろもっとガキ。実際ガキだし。
「かなちゃ~ん私お礼は全然身体でいいよ」
「はぁ!?全然よくねーよ!金よこせって言われた方が100倍マシだっつの!てか普通に給料振り込むけど」
「え、マジで?私いらないよ好きでやってたし」
「そういう訳にはいかねーよ今後も仕事として手伝わせる気満々だからちゃんともらってもらわねーとこっちが困る」
「そっか…じゃあ尚更身体で…」
「伊吹…クソセクハラすぎて引くわ…時代考えろよ令和だぞ令和…平成後半生まれのくせになんで昭和の価値観引きずってんだよ」
「時を越えた愛ってことだね…」
「…お前さぁ兄貴の恋人にちょっとくらい敬意払う気ねーの?」
「払ってるよ?払ってこれだよ?」
「……終わってる自覚ある?」
「あはは~恋は始まってんだけどねぇ~」
「勝手に始めてんじゃねーよ!」
手慣れた口説き文句に俺のツッコミも冴え渡る。よくもまぁ息をするように兄貴の恋人にモーションかけられるよなこいつも。しかもどう考えても内容はセクハラなのに伊吹が言うと全然いやらしく聞こえないのは何でだ?ビジュアルのせいか?マジでわかんねぇ。
「俺はねぇ~お礼なら食べ物がいいな~お米とか!今お米高いからさぁ~いいお米がほしい!無洗米で!」
「暁人も空気読め?そして主夫なのか?お前は主夫なのか?給料払うって言ってんだろーが!なんで現物支給なんだよ!お前もいつの時代だよ!」
「暁人きゅん実質主夫だよね~」
「そーかも!好きな人のためにする家事楽しいよ!」
「うわ~くっそ~爽くんはなんて幸せな男なんだ!羨ましい!」
「えへへ~でも爽結構何でも一緒にやってくれるよ~もっと俺に任せてくれてもいいのにやりたがるから割と分担してるの」
「え?マジで?私と兄貴が居候してた時は家政婦に丸投げだったあの王子が…!?暁人きゅんの調教すごー…」
トンチンカンコンビにボケ倒されて俺は文字通り頭を抱える。それを見て2人はさらにケラケラ笑った。コイツらわざとやりやがって…ツッコミ疲れて死ぬわ!
「俺、爽が俺以外と一緒に暮らしてるとこ全然想像出来ないんだけど…爽と伊吹ちゃんと恭ちゃんの3人で住んでた時はどんな感じだったの?」
「え?えーと……いやなんかそもそも爽くんとそんなに顔合わせてないんだよね…私は学校があったし兄貴も爽くんも仕事ばっかしてて全然時間なかったし…家事は家政婦さんがしてくれてたしね?居候させてもらってた間に一緒にご飯食べたのすら数回な気がする」
「へぇ~…そっか…」
「そうそう!だからこそ今の暁人きゅんとの暮らしの話が新鮮で新鮮で」
「そうかな?」
「うん!商社勤務って多忙じゃん?国内どころか海外出張も多いし…それなのに恋人の為に死ぬ思いで時間捻出してんのが話聞くだけでわかるし、しかもそれを本人が喜んでやってんだからさぁ~そんなのもうめっちゃ愛じゃん?」
目線は画面に向けながら暁人と伊吹の話に聞き耳を立てていたが、ふと顔を上げた瞬間めちゃくちゃ幸せそうな表情でハムっと唇を噛む暁人を見てしまってこっちまでなんだかいい気分。爽は相変わらず心の底から俺の親友を溺愛しているらしい。そうでなきゃ困るんだけど。
「さてと…じゃあそろそろ片付けを…」
俺がそう口にした途端に机の上に放置していた携帯が勢いよく鳴り始める。一瞬何かの合図かと錯覚するほどのタイミングの良さ。着信音なんて久しぶりに聞いた。どうやら何かの弾みでマナーモードが解除されていたようだ。画面を覗き込むと…まさかの名前。
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