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ミスターバイオレンスの遺言【後編】2

「………え、」 「誰?恭ちゃん?」 「あ…いや、えっと……菫」 「えっ!?菫ちゃん!?何してんの早く出てあげて!!」 暁人は混乱してフリーズ状態の俺の身体をグラグラ揺らす。暁人の隣でキョトンとした顔をしていた伊吹は首をかしげながら俺の手元を覗き込んだ。 「…かなちゃん、"菫"って誰?」 伊吹からの当然の質問に俺と暁人は顔を見合わせた。それを見た伊吹はさらに好奇心を全面に出して誰!誰!と叫び続ける。 「ねぇ誰なの!?私だけ蚊帳の外じゃんやだー!!!おーしーえーてーよー!!!」 「菫は俺の妹」 一切の溜めも無くサラリと口にした真実に、伊吹の唇はだらし無くカパッと開いた。なんて間抜けな表情。だがいかんせんこの表情が一番コイツの兄貴に似ているなと思えてしまったんだから全くもう悲しくなる。 「い…妹!!!?は!?えっえっえっかなちゃん妹いたの!!?私聞いてないんだけど!!!?」 「伊吹、そのくだり昨日やったから」 「ね~デジャヴだよね~」 「ハァ!?」 俺よりも混乱してあたふたしてる奴のことはとりあえず無視しておくとして、ようやく通話ボタンを押す。 もちろん菫が俺に電話してきてくれたことは嬉しいことだが、なんだか嫌な予感がする。なぜなら、菫がスマホを持たされてから本人から直電なんて初めてだからだ。どうにも身構えてしまう。 「もしもし…?菫?」 『お兄様…!出てくれて良かった…!あの、えっと、』 「どうした…?何かあったのか?」 『はいっ…!えっと、』 「菫…落ち着いて」 『すみませんっ…!』 「大丈夫だからゆっくり用件話して…?な?」 『はい、きょ、恭介さんのことで…!』 焦っている上に小声で話す妹に違和感しかない。どうやら誰かから隠れて電話をしているようだ。しかも、なぜか恭介のことで。 「恭介…?恭介がどうした?」 『あの、恭介さんは…今日どこにいますか…?』 「え?あー…恭介は今日も仕事休みだから…家にいるよ」 昨日うちに泊まった恭介は今朝早くに家に帰っていった。普段から何もない休日はダラダラとうちで過ごすことが多いから珍しいなとは思ったけれど、特に突っ込むこともなく…そのまま。口には出さなかったけど、おそらく伊吹が目を覚ますまでに帰ってやりたいとかそんなとこだろうと思っていたからだ。恭介ってああ見えてすごく妹想いだから。伊吹本人はちょっとウザがってるけどな。 そんなことを考えていたら、俺の電話に聞き耳を立てていた伊吹が怪訝な顔で"えっ?"と一言呟く。 「いや、いやいやいや…待ってかなちゃん…兄貴なら今日は私とほぼ同時に家出たよ?」 「…は?」 「昨日ここに泊まってたでしょ?で、今朝帰ってきて身支度整えてからすぐ出てったよ」 「……いや、…え?」 「なんか行くとこがあるって言ってたけど」 そんなはずはない。だって、俺はついさっきまで恭介とやり取りをしていてその時だってはっきり家にいると…… 暁人も伊吹も不安そうな顔で俺を見る。そんな顔すんなよ。俺の方がもっと不安だっての。 アイツが俺に嘘を…?あんだけ色々あったってのに?一体…なんのために?疑問が頭の中いっぱいに広がる。どっちにしても恭介がわざわざ俺を不安にさせるような行動を取るとは思えない。 『要お兄様』 「…え、あっ…ごめん菫…なに?」 『やっぱり、菫の見間違いじゃなさそうです…』 「え?見間違い…?」 『はい、恭介さん…今うちにいます』 「エッ!!!??」 『さっき応接間に人が入っていくのを見たんです…横顔だったからあんまり自信がなかったんですけど、たぶん恭介さんだと思います』 「……は?いや、でも…なんで…?」 『わかりません……でも、』 「……」 『ママと…一緒です』 サッと血の気が引く。恭介が実家にいる…そう聞いた瞬間からそうなのだろうとは予想出来ていた。出来ていたはずなのに、いざ現実だと突きつけられてしまえば声すら出ない。 おふくろと恭介が一緒にいる。そんなの……話の内容はひとつしかないじゃないか。 "いずれ…お友達では無くなるだろうけど" 昨日菫から聞かされたおふくろの言葉が脳内で何度も何度も再生される。どう考えたっておふくろからの死の宣告。お前らなんて別れさせるどころか友達としての関係も許さないと暗に言われているのだ。 「…すぐ行く」 菫の返事を待つよりも早く通話を切り、車と家の鍵、スマホだけを引っ掴み玄関に走る。玄関に置いておいた合鍵をひとつ取り出し、後ろからついてきていた暁人に手渡す。渡された暁人は全てを見透かしたような顔で頷いた。なんて察しのいい。 「暁人鍵、お前が持って帰っていいから」 「うんわかった…次会った時返すね」 「ありがと…ごめんな、伊吹も」 「そんなん全然…私たちのことは気にしなくていいからね!」 「…うん」 「かなちゃん…!!」 「ん?」 「よく、わかんないけど…でも…兄貴をよろしく」 一瞬振り返り、ドアが閉まり切る直前に伊吹に向かって小さく笑う。うまく笑えていた自信は全くないけど、仕方ない。きっと伊吹も暁人も察してくれるさ。全てが終わったらちゃんと話すから今はどうか待っててくれ…そう心の中で念じて俺はすぐに歩き出した。 恭介は一体なぜおふくろに1人で会いに行ったんだろう。俺が実家に行きたくないと駄々をこねたから?いや…だとしてもいきなり1人で行くなんてどう考えても飛躍しすぎだ。そうなると理由はひとつ。おふくろが一方的に呼び出したんだ…俺の恋人を。 表情だけでも平静を装って車を飛ばす。焦りで感情を乱すと運転に支障が出そうでとにかく必死だった。いつもならなんとも思わない信号待ちが恨めしい。まさか昨日の今日でまたしても実家に向かうことになるとは。 菫の声も心なしか震えていた。きっと母親からも使用人からも隠れて必死になって俺に電話してくれたんだろう。その意地らしさに、文字通り涙が出た。 数分後、なんとか事故を起こさずに実家の正門に到着した。いつもなら閉じているはずの門が完全に開いている。その影に、金髪の美少女が佇んでいた。慌てて車から降りて駆け寄る。

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