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ミスターバイオレンスの遺言【後編】5

「そうよ当然自分を責めたわ。とても綺麗に産んでしまったからあの子が変質者に狙われることをもっと頭に入れておくべきだったの…!仕事に追われて要の相手をする時間をちゃんと作らなかったのは私。…それに、あの子がレイプされたと私に打ち明けるのに時間がかかったせいで犯人を捕まえられなかった。私がもっとあの子と向き合っていたらきっと…!」 「………それは結果論で…」 「いいえ…要が犯人に殴り返さなかったのだってあの子の実の父親が私を殴っていたからで…だから、本当に…元を辿れば全て私が…」 「ダメです」 「……え」 「許さなきゃダメですよ……自分を許してください」 「……」 「あなたもかなも…誰も悪くないです。この件で絶対的な悪は犯人だけです」 「…でも…」 「自分を許して前を向いてください」 「……」 「もう息子さんは過去にはいませんよ」 その言葉を恭介がどんな顔で言ったのか容易に想像がついた。恭介、お前はいつもそうだな。いつも俺の想像なんて超えて馬鹿みたいに全部抱きしめてくれるんだ。過去も未来も俺自身も俺の抱えた全てを抱き締めて、あやして、涙を拭ってくれる。そしてまた立ち上がるパワーをくれるんだ。ありがとう。 「それに…俺思うんですよね」 「…?」 「かなは女性を殴れなかったんじゃなくて…あなたのおかげで自分より力の弱い相手に暴力を振るわない選択が出来る男になってたんじゃないかなって」 「……おかげ…?」 「はい!そういう自分を曲げないかなを俺は心底かっこいいと思ってますし、そういう人間だと直感したから一目で惹かれたんですよ」 「……」 「だからその…なんというか、本人からしたらただただ苦しいだけの記憶でも全てに意味はちゃんとあって…そういうかなのかっこよさとか、癒えない傷とか、立ち直ろうともがいた時間とか…全部…俺は愛していきたいんです」 ……このままじゃ全身から水分が無くなるぞ馬鹿。そう言いたくなるくらい、涙が出た。 改めて思い知った。人から褒められるところだけじゃなく、ダメなところや隠したいところも認めてくれるから…だから、俺は恭介が好きなんだ。 おふくろには悪いけれど、この男と別れるくらいなら……俺は死ぬ。 「………はぁ、もう負けよ」 「え?」 「私の負け……要そこにいるんでしょ?」 「え……かな…?え?ええっ!!?」 「入ってきなさい」 母の声に導かれるようにゆっくりと扉を開くと、いつもよりさらに間抜けた顔の恋人と目が合った。本気で驚いているようだ。完全に固まっている。 向かいに座っていた母はわかりやすく頬を濡らしていて、それでも俺に小さく笑いかけていた。 「あらまぁ…ひどい顔」 「お互い様だろ」 「やーねママは常に美しいわよ」 「ハイハイ…遺伝して良かったよ」 「でしょう?」 俺は垂れ流しになっていた涙を払うように拭って応接間の中に入った。泣いてる場合じゃない。勝負はここからだ。 「……おふくろ…俺がいること気付いてたんだな」 「まぁ…そうね、和倉くんを呼んだ時点できっと要も来てくれるって思ってたから」 「相変わらず目敏いな…」 「でも随分早かったわね?もう少しかかるかと思っていたけど…和倉くんから事前に聞いていたの?」 「いや恭介からは何も聞いてない」 「あら?じゃあなんで…」 「菫だよ…心配して電話くれたんだ」 「…!そう…菫が…」 「おふくろ…菫はすごく聡明だな」 「ふふっ…でしょう?顔だけじゃなく頭の良さも要にそっくりよ」 「じゃあやっぱ俺たち兄妹はおふくろ似じゃん」 「よくわかってるじゃない…偉大なママでしょ?」 クスクスと楽しそうに笑うおふくろと、驚きで固まったまま全く動かない恭介はかなり対照的。俺は2人を交互に見ながら恭介の隣に腰掛ける。コイツはいつまで固まってるつもりなんだ。 「おい恭介大丈夫かよ」 「……は、……いや、え?…かな、なんでいるの?」 「なんでって…だから菫に」 「いや…それは聞いてたけど……なんて言うか…まさかかなが外にいるとは想像もしてなくて…あの、もしかして今までの会話……」 「ああ、えっと…10分前くらいから全部聞いてた」 「……………す」 「…は?酢?」 「すげー恥ずかしい…」 「お前それは今更すぎるだろ」 普段あんなにも情熱的に俺への愛を叫んでるくせに?とは、さすがに母の前では言えないので仕方なく黙る。でもおふくろにはお見通しなようで相変わらず激しくニヤニヤしている。息子の恋愛を茶化すなよな。 「…で?結局何のために呼んだんだよ…本当に別れさせたくて呼んだのか?だったら絶対に…」 「いいえ、違うわ」 「やっぱ違うのか」 「えっ!?ええっ!?違うんですか!!?えっ!!?かなは違うって知ってたの!!?えっ!?」 「いや…俺もそうだと思ってたけど…さっきの反応見て違うのかなって思ったから……てかお前は動揺しすぎな?」 「いや動揺するでしょ!?俺、かなと駆け落ちする覚悟決めてここに来たんだよ!?なのに…」 「どんな覚悟決めてんだよ…」 まぁでも実際、反対されればそうするしかなかったとは思う。…なんて、駆け落ちくらいで本気出した結城の家から逃げられるわけないんだけどな。 「私は……知りたかったのよ」 「「え?」」 「要が選んだ人が…要をどんな風に好いてくれているのか知りたかったの」 おふくろは上品な手つきでティーカップを持ち上げた。もうだいぶ冷たくなっているだろうそれをゆっくり飲み干すと、赤く充血しかけている目を開く。 「正直…和倉くんのことは一通り調べさせてもらっていたから大体のことはすでに知っていたの。でも、あなたがどんな風に要を愛しているかは資料だけじゃわからなかったから…だから呼んだのよ話してみたくて」 「……なんだ…そうだったんですか…」 「ええ、だから…そもそもあなたたちの交際に反対はしてないのよ?ただ…和倉くんに要の過去を背負う覚悟がちゃんとあるのか知りたかっただけ」 「……で?おふくろはどう思ったんだよ」 「ふふっ……本当に正直に言えば要の相手をするには役不足だと思っていたんだけどね…会ってみたらとんでもなく裏切られたわ」 「へぇ……合格か?」 「ええ!期待以上だったわ!」 おふくろはそう言うと満足気に恭介に笑いかけた。何にせよ我が家の女帝から正式なお許しをいただけてなによりだ。 恭介はというと、相変わらずイマイチ状況についていけてないようで今にもソファから転げ落ちそうだ。

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