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ミスターバイオレンスの遺言【後編】6
「それじゃあ、ママから要に2つ話があるから聞いてくれる?」
「……2つも?」
「ええそうよ。まず1つ目」
おふくろはジャケットの内ポケットから封筒を取り出し、俺に差し出した。封筒の端にフランスの航空会社のロゴが見えて、すぐにそれが航空券だと察した。
「……これパリ行きのチケット?来いってこと?」
「そうよ」
「は?なんで?」
「家族に会いに来るのに理由なんているの?…って言いたいところだけど……ファッションウィークを手伝って欲しいからよ」
「……え?」
「あなたもう大学卒業のための単位はほどんど取り終わっているんでしょ?ならすぐ来て次回のショーの手伝いをしなさい勉強になるから」
「……マジで?」
「本気でなりたいんでしょ…?デザイナーに」
予想外の言葉に今度は俺が固まる。
もちろん願ってもないチャンスだ。おふくろの側でパリファッションウィークの裏側を全て学べる…。おふくろが今いるブランドは言わずと知れた世界のトップブランドで、その新作コレクションを間近で見られるどころか手伝いまでさせて貰えるなんて…。俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
だけど同時に不安が頭をよぎる。一度フランスに行ってしまえばおそらく数ヶ月どころじゃなく日本に帰れなくなってしまうからだ。もしかしたらそのままあっちに残る選択肢すら有り得るかもしれない。この先デザイナーとして生きるなら、日本にいるより絶対にその方がいい。それは分かりきってる。
……だけど、俺がパリ行きを即決したら…恭介はどうなる?俺たちの関係は…
「もちろん行きます!!!」
「…は!?おいなんでお前が返事すんだよ!」
ほんの一瞬返事が遅れた俺に代わって恭介が気持ちのいいくらいの即決を口にする。こいつ…ほんとに理解してんのか!?
「お前…ちゃんとわかってんのか!?準備期間から含めたら軽く数ヶ月は日本に帰れないんだぞ!?それどころかずっとあっちに残る可能性だって…」
「……うん、わかってるよ…でも行かなきゃダメだよかな」
「それは…そうだけど……でも俺はお前と…、」
正直に言えば、即答されて少し傷ついた。いや、本当は少しじゃない…かなりだ。俺はお前の側から離れるのがこんなにも嫌なのに。付き合ってからの俺たちはとんでもなく濃い毎日を過ごしてきたのに…こんな簡単に離れる決断が出来るはずない。少なくとも俺はそう。恥ずかしいけれど、恭介から離れた自分が全然想像出来なくなってしまった。
恭介はそうじゃないのか?とか、俺の夢のためなら物理的に離れることも厭わないのか?とか…おふくろの前では到底口に出来ない言葉が腹の中でぐるぐると渦巻く。
「うん!だから俺も行く!」
「………え?……えっ!!?」
「ぶふっ…」
パカっと口を開けたまま固まる俺をよそにおふくろが吹き出す声が聞こえた。
…いや、いやいやいやこのアホは何を言ってんの…?
「……お前マジで何言ってんの…?」
「フランスには何度か出張で行ってたし、支社もあるからすぐ移動願い出すよ!ちょうどパリの支社で人員募集かかってたしね。受理まで少し時間かかるけどうちの会社色々融通きくから大丈夫だと思う」
「は?いや、…え!?」
「いや~むしろちょうど良かったよ!海外赴任の打診断り続けるのもいつか限界がくるかもな~って思ってたから!」
「…ええ…?」
「それにそろそろ伊吹にもひとり暮らしさせろーって言われてたしねぇ…ほんと全部ちょうどいいよ!」
「いやダメだろ!伊吹に全然会えなくなるんだぞ!?」
「えー?そんな今生の別れみたいに言わなくても…俺は数ヶ月に1回くらいのペースで日本に帰国すればいいから全然いいよ~伊吹ももう成人したわけだし?」
「言葉は!?お前フランス語わかんのか!?」
「ううんほぼわかんない…けど社内公用語は英語だろうしフランス語もこれから覚えればいいから大丈夫!」
「いやそんな簡単に……お前……本気か?」
「むしろかなに毎日会えないのが無理すぎてこの選択肢以外ないって」
呆気に取られて恭介の顔を見たまま固まっていると、おふくろがさらなる大爆笑を始める。いや、うん…もはや笑えるよなコイツのアグレッシブさに。
「あはははははははっ!!!もー、最高すぎる和倉くんっ!要が好きになるはずね~!!」
「……おふくろ一言余計」
「こんなに愛されちゃ手放せるわけないわよね…要…」
「……チッ」
「まぁ!舌打ちなんてお下品ね~和倉くんこんな息子でごめんなさいねー?本当は優しくていい子なのに照れ屋さんなだけなのよ~」
「はいっ知ってます!そこもすっっごい好きです!!めっちゃかわいいですよね!!本当に本当にかなを産んでくださってありがとうございます!!」
「…うわぁ……もうやだコイツ…」
「あっはははははーーーっ!!!」
よっぽどツボに入ったのかおふくろはそれからしばらく笑い転げていてなんだか色々心配になった。さっきより泣いてんじゃねーかよふざけんな。こっちは全然おもしろくねーぞ。
「は~…笑いすぎておなか痛い…」
「…いい歳してなに言ってんだよ」
「やだー笑いに歳は関係ないわよ?」
「そうですそうです!たくさん笑うのっていい事だって言いますよね?笑うと免疫力上がって風邪もひきにくいらしいですし」
「ほら~そうよねー?なんか和倉くんとは話が合う~」
「ですよね~俺もなんかそんな気がしてきました~!」
「……チッ…類は友を呼ぶよな」
「要は風邪のほうから逃げてくからいいわよね~」
「やーい免疫力カンスト男~」
恭介のダメ押しの一言はおふくろの爆笑スイッチに再びクリーンヒット。くっそぉ…この2人こんな相性よかったのかよめんどくせぇ。
「ふ、ふふっ…!はー…笑いすぎて疲れたわ…」
「チッ…」
「じゃあ要、渡仏の件はここまで…出来る限り早くパリに来て欲しいのは山々なんだけど、本当に来るかどうかとか実際の日程とか2人でよく話し合ってもらえるかしら?色々お互い納得してからお返事をちょうだいね」
「……はいはいわかったよ」
「それで、ここからが本当の本当の本題よ」
「え…これ以上の話があんの?」
「あるのよ」
おふくろの返答に俺と恭介は顔を見合わせ首を傾げる。正直パリ行きの件が衝撃すぎてこれ以上の話があるなんて到底想像できない。一体なんの話だ…?
さっきまで笑い転げていたはずのおふくろの顔が信じられないくらい冷静になっている。
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