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ミスターバイオレンスの遺言【後編】8

「……ご、……ごめんなさい」 「は?なんで謝んだよ」 「いや…なんか、かな怒ってるから…?」 「怒ってない……いや、イラッとはしたけど…怒ってはないって」 「……?え?じゃあ…この状況はなんなんですか…?」 「…………なんなんだろう…」 疑問を疑問で返されるとは思っていなかったらしい恭介はますます困った顔をする。悪いけど俺だってわけわかんねーんだよ。自分でもうまく説明出来ない。だって身体が勝手に動いたから。 「………かなどうしたの…?」 「わかんない……なんか、すげぇ逃げられたくなくて」 「え…?俺逃げないよ…?」 「わかってるけど……い……」 「…?」 「行かないで……」 そう口にした瞬間、顔に熱が集まるのを感じた。普段の自分なら口が裂けても言わないことを言った自覚はある。だけどどうしようもない。身体も口も、俺の意思とは関係なく勝手に動くんだ。 羞恥に耐えながらキョロキョロと辺りを見回し、もう一度目線だけ上にあげるとそれまで両手を上げて完全に降参の体勢を取っていた恭介の表情が明らかに変わっていた。 「かな」 「……ん、」 「あのさ…さっきかなのお母さんが言ってた話だけど…」 「うん…」 「その…犯人が…亡くなってたってやつね?」 「うん」 「もしかしてそれ聞いて…なんか気持ちが吹っ切れた感じ…?」 「……たぶん」 「俺、ショック受けてたんだと思ってたけど…」 もちろんショックは受けた。でもなんだか明確に殻が破れた感覚がある。自分を覆っていたモヤモヤしたものが全部消えて、恭介だけが鮮明に見える様になった。 これって……やっぱり、 「あの……もしかしてこれは…」 「……なんだよ」 「えっと……そういうことをお誘いされていると思って…いい?」 「………チッ……お前さぁ」 「はいっ…!」 「なんで…、いつもは意味不明なくらい無駄に積極的なのに……こういう時だけそんな慎重なんだよ…」 「……え」 「俺だってわかんねぇよ……でもたぶんお前の言ってる通りだから…」 「……」 「だからもう…そんな色々聞くなって…身体が勝手にう」 バッといきなり手で口を塞がれ、俺は思わずその場でのけ反る。それを予想していたのか当然の様に腰に腕を回されて引き寄せられた。下半身が布越しに密着する。逃さない様にしたのはこっちだったのに…あっという間に立場が逆転してしまった。普段はあまり思わないのにこうやって向かい合うと10㎝近い身長差をモロに感じてしまう。 あれ…?恭介っていつも俺に触る時…手加減してた…?こんなに力強かったっけ…? とんでもないBPMで心臓が鼓動を打つのを感じる。ああ、やばい、自分を制御できない自信しかない。これ以上コイツから"男"を感じてしまったら、きっともう止められない。 だが、恭介はこんな俺よりさらに焦っている。余裕がないのはコイツも俺も同じだと、顔を見れば一目瞭然だった。 「だめ…だめだってかな」 「…?」 「そんなん言わないでよ……俺、無理矢理ちゅーしちゃうじゃん」 「……」 「やだよ俺…無理矢理とかやだ……まだ本当にキスして大丈夫かもわかんないし…それに……かなのファーストキス…そんな適当な感じで終わらせたくない」 「……ん、」 「……お願いだから我慢出来なくなること言わないで」 「…んー!」 「わかったってば…!一旦手離すから…かわいい顔で睨まないで!」 宣言通り、恭介はゆっくり俺の口から手を離す。待ってましたと言わんばかりに俺はすかさず恭介の顔を両手で掴み、自分の顔に近づけた。 「…余裕なさそうな顔」 「ないよ余裕なんて!あるわけないでしょ」 「…ばかだな…別に無理矢理キスしても良かったのに」 「だからっ…!…だめでしょ、そんなの」 「つーか無理矢理じゃないだろ恋人なんだから」 「そうだけど……ほら、まだ本当にして大丈夫かわかんないし」 「チッ……この意気地なし」 お互いの息がかかる距離で交わされる会話がもどかしい。もどかしいけれど、永遠に終わらないで欲しいとも思う。人間の気持ちって矛盾だらけだ。変わらないのは……俺がこの男をこれから先も一生好きだろうなっていう確信だけ。 「ふふっ……、」 「かななんで笑うの…?」 「なんだよダメかよ」 「そうじゃなくて…あまりにもかわいくてほんとにやばいなと…」 「お前…そんなかわいいかわいい言うなよ恥ずかしい」 「えー?こんな美人に笑顔向けられたら言わずにいられなくない…?ねぇ笑顔の理由はなに?」 「…あー…思い出しちゃって…ほらここでキスしようとした時のこと…まぁ未遂だったけど」 「ああ…あの日!そういえばそうだったね…じゃあ…今回は中入る?とりあえず靴だけでも脱いだ方が…」 「…やだ……むり、我慢出来ない」 「だからそういう…!」 「恭介…ありがとな」 「…ん?」 「愛してるよ」 確かに恭介に向けた言葉だったけれど、でもこの一言にいろんな想いが乗っていた。恭介に対する今まで待たせてごめんっていう謝罪とか、これまで頑張って生きてきた呪われた自分への憐れみとか、もう過去を振り返らなくてもいいんだっていう未来への希望とか…本当に色々。 愛を告げたのに、俺にとってこれはもう一種の遺言だった。死ぬ前の、最後の一言。 今までになく目を見開いた恭介が何か言う前に、勢いよく口を塞ぐ。思いのほかあっさりと口と口が接触する。1秒後、俺はすぐに唇を離した。 呪われた俺は死んだから、これからはありのまま愛して愛されていいんだよ…っていうキス。 忘れられない、ファーストキス。 「うわ…まじかよ気持ち悪くなんない…」 「……」 「出来たな、キス」 「……」 「なんかびっくりした……唇ってくっつけるとすっげぇ柔らかいんだな…」 目を点にしたまま無言を貫く恭介を無視して、恭介の唇を親指でグッと押す。そのままグニグニと確かめるように唇の感触を楽しんでみるが触られている本人から反応はない。 「けどお前唇ちょっとカサついてる…?うわ…皮剥けそうじゃん…寝る前にリップとか塗ってるか?ふぅん…これからは俺のためにもうちょいケアさせなきゃだな…ちょうど使ってないリップスクラブが部屋に…」 「……」 「…えっと…おい恭介?聞いてるか…?」 「今のは……かなが悪い」 「えっ…?えっ!?」

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