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大人の本気① 蓮見圭介

 彼の噂を耳にしたのは一度や二度ではない。  とくにその話題を鼻高々に語るのは古くからの友人である目の前の男だ。 「え…? キミまた彼に会ったの?」 「ああ。どうも俺はツイてるみたいだな。これで3度目だよ、あの子にソデにされるのは」  ははは、と鷹揚に高笑いをする友人を何とも言えない気持ちで見遣りグラスに手を付けた。  ソデにされたと嬉しそうに話すこの友人は、とある大手メーカーの営業部長を務めている。社会的地位も高く仕事もやり手だ。部下には大層厳しいと聞く。  そんな男がたかだかクラブ通いの若い子に入れ上げてるなんて、少しガッカリとした。 「キミさぁ。昔は気に入った子なら、多少強引にでもベッドに連れ込んでたじゃない。…ソデにされて喜ぶなんて、何か変な性癖でも目覚めちゃったのか?」 「バカ言うな。俺は今でも狙った獲物は頭からバリバリ喰い散らかすぞ。人をマゾ覚醒したように言うんじゃないよ、人聞きの悪い」 「なら、何でその子は食べちゃわないの? 気に入ってるんだろう? さっさとお手付きにしちゃえばいいのに」  聞けば彼を狙う紳士はかなりの人数居るんだとか…。どうして誰も手を付けないのか不思議でしょうがない。   「蓮見…。あの子は俺達に取っちゃ、聖域だ。決して口にしちゃならない禁断の果実なんだよ」  ふむ…。  増々疑問は膨らむばかりだ。 「ふぅ…ん」  どうにもその友人の言葉が腑に落ちず、俺は自ら噂の真相を確かめようとその店に通い詰める事にした。      ひと月も待たずにその子羊は現れた。    サイズ感の合ってない草臥れた安物のスーツを身に纏い、カウンターで一人甘そうなカクテルをチビチビ口にするその彼を、俺は離れたボックス席から観察していた。  遠目にも見目の良さそうな横顔をツマミにウイスキーを舐めて過ごす。  ふぅん。あれが聖域…ねぇ。そんな風には見えないけどなぁ。  出会い目的であろう若そうな男が数人声を掛けたが、軽く往なして断っている。  うん…、なるほど。  どうやら彼はノンケのようだ。  その後も暫く見ていたが、どうやら今夜は彼のお眼鏡に適うカモは現れないらしい。  さて。友の言っていた“聖域”とはどんなもんか。試しに俺もソデにされに行ってみようか。  そんな軽い気持ちで席を立った。  途中ボーイに声を掛け、今夜はカウンターの両隣を空けといてくれとチップを弾み、目的の人物の元へと足を向けた。 「ひとり? 隣、いいかな?」  彼はこちらをチラリと見て、作り笑顔で「どうぞ」と頷いた。  ほう…。なるほどね。随分と綺麗な顔をしているな。だが、どの辺りが“聖域”なのかはパッと見では判らない。  ふ…と空のグラスが目に入り「おかわりは」と問えば「じゃあ、カンパリソーダ」と応える。  ふぅ…ん。カンパリソーダ…ね。  その意味を知ってるのかな? 「慣れてるね。気に入った」  カマをかけてみる。 「お遊びは嫌いじゃないんでね」  なぁんだ。聖域なんて言うからどんなおぼこい子かと思ったら、遊び慣れた感じじゃないか。  一夜のドライな関係(カンパリソーダ)をご所望ならば、こちらも遠慮なく戴くよ。  なんて思ってつい手を出してしまったが、これが誤算だと気付いたのは彼をベッドへ押し倒した後だった。  聞き上手なのかそれが手なのか判らずに、グラスが空くたびに口当たりのいい甘いカクテルを勧めた。  中々に素直な反応でこちらの話に聞き耳を立ててくれる。長い睫毛に縁取られた瞳をキラキラ輝かせ、心地良いタイミングで相槌を打ってくれるもんだから、ついついこちらも話が弾む。  気付けばトロンとした何ともいえない扇情的な視線で見詰められ、久し振りに食指が動いた。  もうこれは戴いちゃおうかな…。と呂律の回らなくなった彼をタクシーに押し込み贔屓にしているホテルへと連れ込んだ。   「ねぇ、キミ。そう言えば名前は?」 「ん~……、らにぃ?」  これはちょっと飲ませ過ぎちゃったかな。  しかしまぁ…。何と言うか、これはまた随分と綺麗な身体だねぇ。  安物のスーツを脱がせ靴を落とし、靴下を剥いてパンツも取った。 「ふふ…、まったく。これ、使った事あるのかね?」  薄い下生えにくたりと横たわる彼の性器は、可愛らしいピンク色のウインナーみたいだ。  ピンと指で弾けばぴょこんと返事をするように反対側へ倒れ込んだ。あはは。可愛いなぁ。  俄然ヤル気が漲ってきた。  こんな据え膳、戴かなければバチが当たるね。  ワイシャツのボタンをプレゼントのリボンを解くような気分で外す。  わぁーお。…これまた見事なピンクの乳首。おまけにちょっと埋没気味だ。  うん…。ここは追々育てるとして、先ずは遊び慣れてるはずのお尻を解そうか。…流石に初めてじゃあるまいな。 「ちょっとうつ伏せになってね。…うん、そうそう。いい子だね」 「うぅ…ん、……らにしゅるぅ……」  コロンと転がし腰を支えて尻を持ち上げた。 「……あれ?」 「んにゃらぁ……」  尻タブを広げご開帳とばかりに目にしたソコは、まだ誰も侵略したことが無さそうなほど、慎ましくキュッと絞まっていた。 「………ふむ。これは、確かに聖域だな」  試しに指を唾液で濡らし窄まりに触れてみた。  物凄い反発力。……うん。間違いない。この子……処女だ。 「さて……。どうしたもんか」  モチモチとした触り心地の良い彼の尻タブを揉みながら暫し逡巡した結果、やっぱりこのまま戴いちゃおう、と結論付けた。  友から恨まれそうだな、と内心苦笑いしながらも、その慎ましやかな不可侵地へと指を這わせた。 「せめてうーんと優しく戴くからねぇ。頑張ろうねぇ」 「うぅぅ……ん…、むぉ…のめらぁぃ……」 「ははは。そう言わずにほぉら、のみ込んでごらん」  酔っ払いの寝言に面白くなって返事を返しながら、蕾みを拓かせるべく事を進めていった。  暫くソコをヌチヌチと弄っているとようやく覚醒したらしい彼はそれはそれはよく喋った。 「いっ、てえぇ!! や、やめろっ!」  それまでの余所行きの話し方じゃない。とんだ跳ねっ返りだ。どうやらこっちが素のようだ。…だが嫌いじゃない。むしろ此方の方が好ましい。 「何事も経験だろ。 な、ほらローション足してやるから」  ちょっと冷たいけどごめんよ。こんな事なら温感タイプのローションを用意しておけば良かったな。 「こんな経験いらねぇんだよっ! もうやだっ、帰るっ! ヒッ!」 「もうちょい頑張れ。ほぉら、さっきよりスムーズに入った」  にゅるんと中指を奥まで挿し込む。うん。中々センスあるよ。いい感じだぞ。  その後もあーだこーだと文句を言いながらもジタバタ悪足掻きを繰り返したが、前立腺を捉えてからは今度は泣き言を言い出した。もー、本当に面白い子だね。増々気に入ったよ。 「ぁっ? …あ、あっ! あ、ちょっ、……そ、そこ、やっ …う、ぁっ …あんっ」  うんうん。いい声だ。  可愛いよー。もう少し頑張れー。  散々ソコを解し指3本をばらばらに動かせる程緩んだ頃から、彼の口からは甘ったるい嬌声しか出なくなった。そろそろ頃合いだね。  さっきから「イキたい、イカせて」とおねだりまでしちゃってる。もう、ウインナーもフランクフルトくらいには育ったし、たらたらと涎まで垂らしてる。よく我慢したね。エライぞー。 「し、して? …ね、早く、……擦って」  はいはい。こっちも我慢の限界です。もう…ね。何もしなくてもガッツリ臨戦態勢だよー。 「ああ…。擦ってあげるよ。 ーーー中を、たっぷりと、…ね」  ふふふふ…。  本当にあの夜の瑛士は可愛かったねぇ。お陰で翌朝の会議に遅れそうになって大変だった。  本当は連れ帰ってしまいたかったけど、生憎と週末じゃなかったからね。  名刺は置いてきたけど連絡は中々来なかった。う~ん…。これは逃げられちゃったかな。まぁ、またあの店を張ってればその内また会えるでしょ。  なんて思ってたのに。  その後彼、園村瑛士はその店にパタリと姿を見せなくなった。  あれれ…? これはマズいなぁ。  あの夜瑛士をお持ち帰りしたのは店のマスターに見られてるはずだし。  こりゃ文句を言われるのは必須かな。  ま…、別に痛くも痒くもないからいいけど。 「蓮見!! おまえ、俺達の果実を食ったなっ!!」  久し振りに会った友人は案の定偉い剣幕で文句を言ってきた。 「ああ。美味しく戴いたよ? キミ知ってた? あの子、処女だった」 「貴様っ!! どうして手を出した!あんなに純粋で擦れてないノンケの天使なんて!早々出会える機会なんか無いんだぞ!そ…、それをお前というヤツは!!許さんっ!!」  五月蝿いなぁ。そんなに怒鳴り散らかすもんじゃないよ。 「別に許して貰おうなんて思ってないよ。…ただ。あの子はもう僕のモノだから、見掛けてもちょっかい掛けないでよ」 「あああぁぁぁ……!!! 俺の聖域が…オアシスがぁぁ……!!」  ふん。だから早いとこ食べちゃえと忠告したんだ。  キミらが神聖視して変に不可侵条約なんて結んでいるもんだから、俺みたいな輩に掻っ攫われるんだ。 「まぁでも。良かったじゃないか。碌でも無いクズに汚されるより、僕みたいな紳士が丁重に戴いたんだ。キミらも安心でしょう? なぁ」 「うわああぁぁぁぁ………!! 天使ーーーっ!!!」  本当にもう。これが我が友だと思うと何とも嘆かわしいねぇ。  だが本音を言えば俺も焦りは感じてた。あの夜からひと月半。どうにも連絡の取りようも無かった。  瑛士のスーツに入っていた名刺。その会社が既に倒産していると知ったのはつい先日だ。  いったいあの子は今、どうしているのか。それを知る手立てが無かった。  ーーー…が。   「社長。中途採用者の応募書類です」 「ん? ……ああ、企画室の求人ね。人事で勝手に決めちゃってよ。どうせ佐藤くんの駒にするんでしょ? 誰を送り込もうが、そんなに簡単に企画を通す訳ないのに…。ねぇ?」  人事を任せている中戸川部長が、ははは…と乾いた笑いを溢す。  企画室のチーフ、佐藤女史は中々のやり手だが、どうにも俺が若い男の子に弱いと思っている節がある。……まったく。  前回送り込んできたバイトの学生。あの彼はどう考えてもタチでしょ。見た目が良けりゃイイってもんでもないんですよ。本当、女性とは趣味が合わないね。それに、仕事と遊びは分けてますから。あまり見縊らないで貰いたいものだ。  ……まぁ、面白いからいいけど。 「では、採用者に付いては此方で検討致します」 「うん。そうしてくれる?」  はぁ…。  そんな事より瑛士だよ。  この頃気が付くとあの子の事ばかり思い出す。 「う~…ん。どうにかして探し出さないとなぁ」  こんな事ならガラスの靴でも落として置けば良かった。俺の元に魔法使いの婆さんでも現れてくれたらいいのに。  溢した溜め息は数知れず。  まったく罪な男だな瑛士。  俺の前で散々嘆いた友人の言葉を思い出す。彼が禁断の果実と呼ばれた本当の意味はコレだったのか。  一度口にしたらもう元には戻れない。  今までのらりくらりと享楽的に過ごしてきた楽園を逐われた。その元凶である果実さえ、今は見失ってしまってる。 「参ったな……。こんな気持ちになるなんて、俺としたことがとんだ失態だ」  だが神は俺を見捨てちゃいなかった。 「社長、企画室長の佐藤さんからアポイントが入ってます」  秘書の小田が今すぐ確認しろと書類を渡してくる。…やれやれ。面倒くさいな。  中途採用者の面通しなんてどうでもいいのに…。    渡された書類をぺらりと捲った。  ーーー……あら。 「………いつ来るの?」 「は? あ、はい。 そろそろだと思いますが……」  そう。 「あの…社長? 随分と愉しそうですねぇ」  そりゃ…ねぇ。 「うん。僕は結構ツイてる人間なんだと思ってね」 「………? はあ」  いやもう…、ね。  今夜辺りまたあの店に行って来なきゃいけないなぁ。  思う存分自慢して来よう。また友の愉快な叫び声が聞けるかも知れないね。  コンコン とノックの音が響く。  さぁ…て。  キミはどんな顔を見せてくれるかな?  俺? そりゃ満面の笑みで歓迎するよ。  企画室長の佐藤女史の後ろから、安物のスーツに身を包んだ若い男性社員がカチコチに緊張しながら頭を下げた。 「園村です。採用頂きありがとうございます。宜しくお願いします」    いらっしゃい。  ようこそ、俺の子羊くん。  また仲良くしようね。   「ああ、よく来たね」  もう逃さないよ。    

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