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第2話
「あんな客初めてだったから忘れるわけないじゃん!僕が相手して勃たなかったのなんて、お前が初めてだからね?」
鼻で笑うようにそう言われては、言い返す言葉もない。
「ご、ごめん…。」
おろしたてのスニーカーの爪先を眺めて、小さくそう謝った。
頭の中を過ぎる先日の記憶。
戦国武将のような名前に似合わず地味に、平凡に28年間生きてきて恋人という存在ができたことの無かった景親は、とうとう風俗で童貞を卒業する決心をした。今までは女性とほとんど接触する機会がなく、勿論この先も結婚できるだなんて思ってはいないが、折角生まれてきて人間の三大欲求を全て知らずに死ぬなんて勿体無いと思ったのだ。そしてネットで徹底的に調べ上げた結果、そこはやはり景親にはハードルが高すぎる世界だった。そもそも女性と話したことすらないに等しいのに、性的な行為をするなんて。
そこで景親がたどり着いたのは、男性による男性向けの風俗店だった。
同性相手なら緊張しすぎることもなく楽しい時間を過ごせるのではないか、なんて持論を展開し、様々な店を比較して桃司のいる店に決めた。懐にはいったばかりのボーナスを手に、景親が指名したのはその店で一番人気だった《モモ》こと桃司。
桃司はアイドルだと言われても納得してしまうほどに、可愛らしく妖艶だった。
細く繊細な指で、小さく柔らかい舌で身体中に触れられて、童貞のキャパシティはいとも簡単に振り切れた。景親にとって刺激が強すぎて、気が付くと下半身は完全に沈黙してしまっていた。張り切って来たのに使い物にならない息子に愕然としている景親を嘲ることなく、「また来てね。」と天使の笑顔で見送ってくれた桃司。
勿論童貞の景親はあっさりと恋に落ちた。
それから持ち前の粘り強さ(ストーカーとも言う)を発揮して桃司の本名とシフトを調べ上げ、万全の準備をして今日を迎えたのだ。
もうあの日のような惨めな失敗はしないと心に誓って、美容室にも行ったし、流行りの服屋でおしゃれな店員に全身のコーディネートもしてもらった。だと言うのに、あの日のことを掘り返されてみっともなく俯いてしまっている。
「それで?インポ野郎が何の用?今日は指名多くて僕疲れてるんだよね。」
ジロリと見上げてくる視線は相変わらず冷たい。あの日見せてくれた笑顔はまだ一度も見ていない。
あれ…?こんな子だったっけ…?
「だ、だから…桃司くんのこと、好きなんだ…。」
しどろもどろになりながらもう一度思いを伝えるが、返ってきたのは呆れたようなため息ひとつ。
「客からそんな事言われても迷惑なだけだから、相手して欲しいならお金握りしめて店まで来いよ。あと、桃司って気安く呼ぶな。モモって呼んで。」
それじゃ、と言い残してくるりと踵を返し、彼は行ってしまった。
景親は呆然とその背中を見送ることしかできなかった。
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