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第7話
ハッと目が覚めると、そこに広がっていたのは見覚えのない天井と不機嫌そうな天使の顔だった。
「てんごく…?」
「は?起きた?」
仰向けに寝転がる景親を覗き込んでいた桃司に右頬を強く摘ままれて、ここが現実世界であることを知る。
「え、な、…え?」
「もー、急に倒れるから吃驚した~。」
ヒラヒラと手を振りながら離れていった桃司を追いかけるように体を起こすと、膝の上に濡れたタオルが落ちた。
なにこれ。
周りを見渡すと、そこは事務所のような部屋で、乱雑に物が置かれたデスクや使い古されたシンク、自分が座っている見慣れない黒い革張りのソファを見て景親は更に首をかしげる。
あれ?僕たしかモモくんとシャワー浴びてたはずじゃない?
「スタッフも皆帰っちゃったし、平気ならさっさと帰ってよ。戸締まりしたいから。」
軽く握っていたタオルを桃司の手に奪われて、やっと気付く。
「…僕、倒れたの!?今何時!?」
「倒れたの。まあ、のぼせたんじゃね?結構長いことしゃぶってたし。あと今は朝の7時くらい。」
朝の、7時…店に入ったのはたしか、夜の9時くらい…。
窓の外を見ると、たしかに暗かったはずの空が明るくなっている。
自分がまたしても失態をおかしてしまったことを知り、景親は絶句した。こんなに酷い1日はそうそうない。
シンクでタオルを洗う桃司から視線を外して項垂れていると、不意に名前を呼ばれた。
「…お兄さんカゲチカって言うの?」
「え!なんで僕の名前…」
鈴のような可憐な声で自分の名を呼ばれて、心臓が高鳴る。しかし、次に続く言葉で景親は再び頭を抱えた。
「この店のブラックリストに載せられてた。もう出禁だろうね。面倒な客は勘弁だから。」
「出禁!?そんなぁ…」
「まあまあ。今時ゲイ用風俗なんか他にもあるしそんな落ち込むなよ。」
「だって、だってモモくんがいるのはここだけなのに…っ!」
そんなつもりなんてないのに、勝手に涙が込み上げてきて視界が滲む。
確かに店にも桃司にも迷惑をかけた思う。
だけど、もう客としてもモモくんに会えないなんて。
また会社と自宅を往復するだけの冴えないリーマン生活が続くと思うだけで吐き気が込み上げてくる。
どうして昔からこうなんだろう。運がないと言うか、タイミングが悪いと言うか。いや、悪いのはいつも何かやらかす自分自身か。童貞を卒業したいなんて馬鹿なこと考えて、年甲斐もなく恋なんかして。
半べそをかきながら自分を責める景親。桃司はそれを特に気にした風もなく濡れた手を拭ってからこちらを振り返り、こてりと首を傾げて言った。
「今から暇?」
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