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第10話

隣の席とは仕切りで区切られているがガヤガヤと騒がしい半個室の大衆居酒屋で、景親は向かいに座って次から次へとグラスを空けていく桃司をただ口を開けて見ていた。 「えっと…モモくん?」 この店に着いてから1時間弱。既に何杯生ビールをおかわりしているだろう。単純に酒に強くてペースが速いわけではなさそうだ。 いつもより口数が少ないし、何か思い詰めたような顔をしている。 「なんか嫌なことでもあったの?」 「別に。」 いつにも増して素っ気ない返事。視線すら合わせてもらえない。 困ったなあと内心で苦笑しながら、先程注文した烏龍茶を差し出す。 「僕なんかには話せないかもしれないけど、あんまり抱え込まないでね。」 そのグラスを眺めながら、桃司がぽつりと何か言った。 「…いつもそう。」 「え?」 「いっつもそう!ちーちゃんは、僕なんか僕なんかって!そういうのマジでウザい!」 そう言って顔を上げた桃司。 やっと目が合ったというのに、ウザいと罵られ今度は景親が項垂れた。 「ご、ごめん…。」 偉そうに口を出しすぎてしまった。 すぐにしゅんとした景親を追い詰める桃司の口撃は止まらない。 「そうやってすぐ謝るのも!なんでそんなに自信ないの?アラサーのおじさんだから?ダサい眼鏡かけてるから?童貞だから?ほんっとイライラする!!!」 グサグサと心に刺さる言葉は、どれも否定することのできない事実。 そうか…童貞な上に眼鏡まで…ダサいんだ… こんな眼鏡今すぐ捨ててしまおうかとフレームに指をかけたところで、がしりと腕を掴まれた。 「…この後さ、ホテルいこうよ。」 「え、えええっ!?」 「嫌なの?」 真剣な顔で突拍子もないことを言い出した彼に、ただぶんぶんと首を振ることしかできない。 「いやいや!そうじゃなくて!いや、あの、だって、そんな、よくないよ!」 ホテルって、その、そういうホテルだよね? 生まれてこのかた足を踏み入れたこともないそこに想像を巡らせて、脳みそが沸騰しそうだ。 「なんで…?」 パニックになって誘いを断固拒否すると、桃司の表情は一転した。 「もう僕のこと、好きじゃないの…?」 消え入りそうな声でそう言ったきり、俯いてしまう。その姿を見て、トリップしかけていた景親の思考が現実へと引き戻された。 やはり酔っ払っているのだろうか。今日は早めに解散した方がいいかもしれない。 「モモくん、」 右腕をつかんでいる手に左手を乗せて名前を呼ぶと、肩がひくりと跳ねる。 そして聞こえた、鼻をすする音と涙混じりの声。 「やっぱり女の人の方がよかった?普通の仕事してた方がよかった?いつもニコニコ笑ってる子がいい?髪も長いのが好き?メイクしてた方がいい?」

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