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驟雨1

短い梅雨が明けると、唐突に目の前の道が開けたように夏がやってきた。 今年の夏はさほど気温が上がらない。梅雨時の肌寒い時期に比べると過ごしやすいものの、司としてはどうにも気分が上がらない日々が続く。 クラスに顔を出すと、受験勉強に目を向け、没頭し始める級友がちらちらと現れ始めた。 進学校ではないとはいえ、ほとんどの生徒がどこかの大学や専門学校に進学をしたいと思っている。 そんな中で、司自身はまだ道の途中で立ち止まっていた。 進路指導からは徐々に急かされ始め、最近まで放課後につるみ、時間を浪費していた仲間達は次第に数を減らしている。地元での就職先の選択肢は多くはない。だから彼らはとりあえず進学するのだ。 「どうだ。行きたいところ決まったか?」 担任は、優しい教師だった。 温厚な眼差しをした、まだ歳若い教師はそんな司に寄り添うように隣で立ち止まっていてくれるように思える。 心中を明かすことの出来る数少ない人間の1人だ。 それでも司は、不貞腐れたようにそっぽを向く。 幼さを剥き出しにする年齢もまた、もう時期卒業するべきなのだろう。わかっているつもりでも、人の前に佇むと上手く振る舞うことは出来なかった。 「……司、」 「ん?」 2人きりの教室の、2者面談用に整えられた机の向こうに司と自分の席が見えた。 先月琉太が言っていたことを思い出す。 大学に行けるかもしれない───。 「…大学、行こうかな、って」 ぽつ、と口にした言葉に教師が一度間を置いた後に破顔するのがわかった。 教師を喜ばせる為に言ったわけではない。 この場を終えるために言った訳でもない。 ただ、脳裏には琉太の顔がある。 教師はそうか、と返して手元のノートに何か書き付けた。任せておけ、と言って、お前も頑張らなきゃならないからな、とやはり頼もしそうな笑顔と声音で言われ、ぽんと肩を叩かれた。 席を立ち、教師が片付けをする姿を背に教室を出る。 廊下をぶらぶらと歩きながら、また琉太のことを考えた。 琉太と同じ学校に進む訳ではないだろう。 だが、同じ年月を、同じ速さで生きていけると思った。 今まで通りに、少なくともこの先4年間はずっと琉太と同じ時間を歩いて行ける。 それは、間違いなく今司が望む唯一の未来の話だ。 ほんの少しだけ胸に光が射した。 廊下の窓の向こうには夏の薄い雲から少しだけ晴れ間が覗いている。 担任の教師が言った通り、自分はこれから頑張らなければならないのだ。そうしなければ、琉太と同じ道には進めない。 思うと、無意識に顔が上がった。 その刹那、廊下の奥からガタガタとけたたましい音が響いてきた。 奥には進路相談室がある。 誰かが放課後に使っているのだろうと気に留めることもなく足を進めると、直後に激しくドアが開く音がした。 思わず肩を跳ねあげる司の前に、ひゅ、と飛び出す影があった。 「───…、」 進路相談室の横開きのドアが開いている。今の音はこの音だ、と認識した司が瞠目した。 廊下の真ん中で向かい合ったのは男子生徒─── 琉太だった。 「…司、くん、」 琉太が、シャツの胸元を抑えながら呆然と立ち尽くしている。 その手首には細い紐状のものが絡まり、視界の中に映る制服のスラックスの前が半端に開けられ、端からはベルトがぶら下がって揺れていた。 「……琉太?」 琉太の目が赤く充血している様を、確かに見た。

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