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3 side.r
今日も少し早起きをして、綾木の弁当を作った。
互いの家への行き来も慣れ、週末は必ずと言っていいほどどちらかの家に泊まる生活を送っていれば
この先始まる同棲生活もきっと上手く行くだろう…なんて。
母が入院生活を余儀なくされてから長く一人暮らしをしていたこともあり、はじめは誰かと暮らす事など俺に出来るのかと不安だったのが正直なところだ。
しかし、どこまでが計算なのかもわからぬ綾木の屈託の無い笑みにやられ、こうして綾木の為に何かしてやる事が毎日の楽しみとされてしまった今では、同じ家に帰る日が待ち遠しくて仕方ない。
車内にほんのりと香る綾木のフェロモンを大きく吸い込み、つい緩んでしまった頬をパンと一打ち。
今日も綾木の番に相応しい、格好良い俺で頑張ろう。
「おはようございます」
だが、今日の署内は何処か様子が変だった。
それも、俺の顔を見た途端に皆表情が固まるのだ。
…何かあったのか?
今の俺に秘密など無い。自身がΩである事も、それ故に起きた前の勤務先での事件も、今は番が居る事も…ここの人間の大多数が知っている。それなのに…。
暫く考えては見たものの、全く答えは出てこない。
特に気にする必要はないだろう。そう思い込む事に徹し、自身の席に着いたのも束の間。
「おい、ちょっと小会議室まで来れるか?話がある」
「……私に、ですか?」
「そうだ」
まだ出会って日の浅い課長に呼び出されれば、流石の俺も額に滲む冷ややかな汗を抑え込む術は持ち合わせていない。
妙に騒つく署内と、心配そうに俺を見つめる同僚。
この違和感の正体は…何だ。
革靴の音が必要以上に響く廊下ですれ違う者もまた、俺を見ては不安そうに眉を下げる。
この空間でまるで俺だけが取り残されたかのような、なんとも居心地の悪い不気味な感覚。
今朝、弁当を受け取って微笑んだ綾木を思い出し、迫る恐怖に耐えた。
辿り着いた小会議室の前。
扉を開け、入室を促す課長に軽く頭を下げてから
古い書類と埃臭さが籠る部屋へと足を踏み入れる。
「……あぁ、すまない。随分と怯えさせてしまったようだ。なに、君を怒るために呼んだわけではないんだよ」
「……?では一体どういった…」
「まあ座りなさい」
強面な課長の思いの外優しげな口調に、それまでの緊張は少しだけ和らいだ。
だが、この先彼の口から紡がれる言葉に
俺は再び大きな恐怖を味わう事になる。
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