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「……これを見てくれ」 「これ、は…隣町の署の資料ですか?」 「そうだ。…この事件なんだが」 課長はクリップで止められた数枚の資料を机上に並べた。 その事件の内容はどれも酷似しており、悪質で、残酷なものだ。 某月某日 被害者は帰宅途中、突然現れたαの男に頬を殴られる。そのまま路地裏に連れ込まれて強姦される。 同月別日 道を尋ねられた被害者が地図を受け取ろうと手を伸ばしたところ、強く腕を引かれて犯人の物と思われる黒いワンボックスカーに連れ込まれ、強制性交。 「同様の被害がこの1か月で多発しているんだ。 所轄外の事であまり大きく採り上げてなかったんだが…つい昨日、同じような事例が君の家のすぐ近くで起きた」 現場を示した印は、確かに自宅から徒歩数分の場所だった。 昨夜は偶然綾木の家に泊まっていたが、もし俺が1人で帰宅していたら……そう思うと、呼吸すら上手く出来ない悍ましさに眩暈がする。 だって……だって、この被害者は……全員、っ。 「番持ちのΩばかりが狙われている」 「………ッ」 「ホシは20代半ばから30代、男のαって事はわかるんだが…それ以外の情報が無くてな。 同一犯と見られているが、なかなか手がかりを掴めないでいる。ただの好奇心か…もしくは番やΩに対する恨みか……何にせよ見過ごせない性根の腐った野郎の犯行だ」 番の居ないΩは、その特異体質により他人を誘発してしまう時期がある。 胸糞の悪い話だが、今はまだ「仕方ない」で済まされてしまうのが現状だ。 だが、番持ちとなれば全く別問題。 不特定多数を誘惑してしまうフェロモンは抑え込まれ、頸を噛んだαのみ嗅ぎ分けることが可能である。 もしそれ以外の人物と性行為やそれに近しい行為を行おうものなら、酷い拒絶反応に襲われる…というのは、性判明前の小学生時代から嫌という程教えられてきた。 「君の性別を否定している訳では無い。君は強いと、ここにいる全員がわかっている。だが…上司として、同士として、心配せずにはいられないんだ」 「そう、ですか…」 小会議室を出る前、俺は課長から2つの選択肢を貰った。 1つは、犯人が確保されるまでは在宅勤務とする事。 もう1つは、番である綾木に毎日送迎を頼む事。 1つ目は考えるまでも無く却下だ。 ただでさえ人より筋肉が付きにくい身体で、最近までの休職も相まって精神力や体力は相当落ち込んでいる。このブランクを巻き返すには、必死に働かねばなるまい。 だが、そんな俺の身勝手な我儘で綾木の時間を奪って良いのか? 俺は綾木にとって格好良い番でなくてはいけなくて、彼を導く存在でなくてはいけないんだ…。 綾木だって、いつも疲れた顔をして帰って来るのに。 「……わかりました。番にも都合がありますので、相談した後ご報告致します」 「あぁ。それがいい」 「では…私は仕事に戻ります」 もし綾木に見限られてしまったら もし捨てられてしまったら 彼はそんな薄情な人間ではない。 そう思いたいのに、過去のαやβから受けて来た仕打ちの数々が、そうさせてはくれなくて。 恐らく既に事件の概要を知っている同僚には作り込まれた笑みを向け、指先の震えを押し隠しながら仕事に励んだ。

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