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8 side.s
来碧さんの車では、常にラジオが流れている。
ローカルニュースも一通り頭に入れておきたいらしい。
何処までも仕事熱心な姿に毎度のことながら感心する。
…だが、そんな彼の頑張りなど知る由もないあいつらに、差別発言を繰り返されて。
守ってやらなければいけない筈の、俺の軽率な行動が…来碧さんを傷つけた。
「ばーーか。折角馴染めて来たってのに、自分から突き放すような事言って。何考えてるんだ」
「……そう、だけど…。怒りたくもなるでしょ、あんな事言われて。逆に来碧さんは嫌だと思わなかったわけ?」
あの場を鎮めてくれた来碧さんに礼も謝罪もしないまま、口から出るのは彼を責め立てる様な声色だ。
自分の余裕の無さが恥ずかしい。
来碧さんを怒りたいわけではないのに。自分の不甲斐なさが悔しくて、八つ当たりのように態度に出てしまう。
だが、来碧さんは冷静さを保ったまま続けた。
流石警官といったところだろうか。
他人に影響される事の無い強い精神にまた、胸が痛む。
「一概には言えないが…Ωってだけで差別される世の中なんだ。あれくらいの事で怒ったりしないし、流せるスキルくらいΩなら誰でも持ってるよ」
「そんな事が…許されていいのかよ」
「ま、同じ事を言われてもムカつく事はあるよ。でも俺達はそういう時、相手の目を見る」
相手の、目…?
「さっきの人達は、別に俺を見下して言ってたわけじゃない。綾木さんの選んだ奴が気になって仕方ないって感じだったろ。
だから本当に嫌な気はしなかったし、むしろ…彼らが知っているΩの中で俺が秀でていると言ってもらえたのは、綾木さんの番として胸を張れるし誇れる事だ」
前を見ていて目は合わないが、来碧さんの横顔を見るに、嘘を言っている風には思えなかった。
確かに、同僚に悪気が無かった事は俺にもわかる。
これまで優秀なαとして生きてきて、無自覚ながら他の性別の人たちを下に見てきたあいつらなりの、誉め言葉…だったのだろうか。
昼休みに来碧さんの話をした時だって、一度も悪く言わなかったのが何よりの証拠だ。
それ程この世の中では劣等種と呼ばれるΩの存在を認め、受け入れていたというのに。
俺だけが感情的になり、一目見たいと言って仕事まで手伝ってくれた彼らに酷い言葉を吐いてしまった。
「……でも、嬉しかった」
「へ?」
完全に爪先を眺め俯いた俺の頭を上げさせたのは、来碧さんから紡がれたほんの一言。
赤信号に止められ、ようやく瞳が交わった。
「ありがとう。俺、本当に綾木さんを選んで良かったよ」
「な…そ、そんな……えっと、あの……」
照れ臭そうに、少しだけ吐息を零す笑いの混じった声で。
けれど、まっすぐに俺を見据えてそう言ってくれるから。
顔に熱が溜まっていくのを隠すように、再び下を向いた。
「…そう言ってくれて、嬉しい」
来碧さんに向けてというより、独り言のように呟いたそれが来碧さんに届いたかどうかはわからない。だが、彼は弁当箱を返した時とよく似た満足気な表情で、十字路を左に曲がった。
まっすぐ行けば来碧さんの家に辿り着く筈だが、今日は俺の家へ直行するようだ。
俺を送ってくれているというのを今更ながら自覚し、また頬が熱くなる。
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