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身体が動いたのは無意識だった。
立ち上がる背中に手を伸ばし、ほんの少し届いた指先。
微かに爪の先が掠っただけなのに、俺の心の叫びに気付いた綾木は踏み出した足を止める。
「ん…どうしたの?」
「……で、ぃぃ…」
「…え?」
俺は、おかしくなってしまったみたいだ。
「そのまま、で…いい……ヒートじゃないし…というか、ヒートでもお前なら………いい…」
息を呑む音を、この耳は確かに捉えた。
それは実際ごくごく小さな音だったのかもしれない。だが、綾木の一挙一動を見逃さない俺の眼は、彼の出張った喉仏が上下に動く様を瞳に映したのだ。
それから景色が変わるのは一瞬で。
ずんとベッドが沈み込んだかと思えば、目の前に見えていた綾木の姿は無く、代わりに背中から心地良い温もりがじんわりと伝わる。
俺と同じく痩せ型ではあるのに、元の骨の太さからして違うので体格差は明白だ。
「…今日はこの体位がいい」
背面に綾木を感じるこの姿勢は、眠る時を除けば初めてだった。
この真明るい部屋では、面と向かっておっぱじまるより幾分かマシかもしれない。
「……後ろからの方が…好きか?」
顔の見えない相手に問う。
綾木は考え込むように唸り、肩に頭部を埋めると、暫くの無言を経た末…恥じらいを隠す笑みをこぼして囁いた。
「顔は見えないけど、頸は見えるから。俺だけの来碧さんなんだって、そう思える」
吐く息一つで最奥が疼く。
それに加えて火傷でも負いかねない甘い台詞を紡がれれば、もう俺に何かを言い返す事など不可能だ。
綾木だけの、俺…か。
俺には見えないけれど、綾木の目には映っているであろう頸の噛み痕が何よりもの証拠。
綾木でしか気持ちよくなれない身体に、俺は……なっているんだ。
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