29 / 48

29 side.r

身体が動いたのは無意識だった。 立ち上がる背中に手を伸ばし、ほんの少し届いた指先。 微かに爪の先が掠っただけなのに、俺の心の叫びに気付いた綾木は踏み出した足を止める。 「ん…どうしたの?」 「……で、ぃぃ…」 「…え?」 俺は、おかしくなってしまったみたいだ。 「そのまま、で…いい……ヒートじゃないし…というか、ヒートでもお前なら………いい…」 息を呑む音を、この耳は確かに捉えた。 それは実際ごくごく小さな音だったのかもしれない。だが、綾木の一挙一動を見逃さない俺の眼は、彼の出張った喉仏が上下に動く様を瞳に映したのだ。 それから景色が変わるのは一瞬で。 ずんとベッドが沈み込んだかと思えば、目の前に見えていた綾木の姿は無く、代わりに背中から心地良い温もりがじんわりと伝わる。 俺と同じく痩せ型ではあるのに、元の骨の太さからして違うので体格差は明白だ。 「…今日はこの体位がいい」 背面に綾木を感じるこの姿勢は、眠る時を除けば初めてだった。 この真明るい部屋では、面と向かっておっぱじまるより幾分かマシかもしれない。 「……後ろからの方が…好きか?」 顔の見えない相手に問う。 綾木は考え込むように唸り、肩に頭部を埋めると、暫くの無言を経た末…恥じらいを隠す笑みをこぼして囁いた。 「顔は見えないけど、頸は見えるから。俺だけの来碧さんなんだって、そう思える」 吐く息一つで最奥が疼く。 それに加えて火傷でも負いかねない甘い台詞を紡がれれば、もう俺に何かを言い返す事など不可能だ。 綾木だけの、俺…か。 俺には見えないけれど、綾木の目には映っているであろう頸の噛み痕が何よりもの証拠。 綾木でしか気持ちよくなれない身体に、俺は……なっているんだ。

ともだちにシェアしよう!