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突然何を言い出したのかとはじめは理解が出来なかったが、時間差で、猛烈な恥ずかしさが込み上げて。
「あ、あや…っ、綾木って、おまっ、あ…あのなあっ!!」
「へっへへへ!来碧さん動揺しまくり。
そんな噛む?…へへ、やば。堪えらんないわ…へへへっ」
どうやら綾木は髭を気にしていたのではなく、この盛大なニヤケ面を必死に隠していたようだ。
なんだよ、急にひらめいて笑いを堪えるとかただのヤバい奴じゃないか。
俺が呼ぶのをずっと待っていたわけか?俺はまんまとハマったということか?
……あー、くそ。
顔が熱くて仕方ない。
というか、もはや全身だ。
今なら目玉焼きくらいは頭の上で作れるんじゃないだろうか。
「そうやって……たまに…性格悪くなるとこ」
「性格悪い俺は嫌い?」
…そんな訳ないに決まってる。
と、言われる事は本人ももうわかりきっているのだろう。いつもの不安げな眼差しなんかどこにもない。
代わりに向けられる、これ以上ないほどの穏やかな笑みを見てしまえば
俺の心臓はきゅんと締め付けられるばかり。
「お母さんに紹介してくれるって、そう言う事でしょ。
……ね、来碧さん俺の名前知ってるじゃん。そろそろ呼ばれてみたいなぁ」
「え、ぁ……ぅ…」
口角が上がるのを押さえ込む彼の手には血管が浮き出ており、かなりの緊張が見て取れる。
そんな中、彼よりずっと真っ赤な顔で運転を続ける俺も、まるで10代の学生が初恋をするかのようで情けない。
名前を呼ぶだけ。
その筈なのに、初めて声をかけたあの夜…ただ免許証を読み上げた時とはまるで違って。
どんな顔をして、どんな声で呼べばいいのか。
何もわからなくなるくらい頭が混乱して、どうしようもなくて。
胸の浅い所で最大限の息を吸い、勢いのまま飛び出すそれに身を任せた。
「…す、すすすばる!これでいいだろ?!
ほら、もう見えただろあれだあの病院だ!早く行くぞすばる!!」
「えへへへっ。はいはーい。安全運転でお願いしまーす」
ここが車内でなかったのなら、きっと今頃笑い転げているのだろう。
目尻へ溜まる涙を拭いながら可笑しそうに声を上げる彼の、幅のある肩を小突く。
そばに居るだけで鼓動は速まり、名を呼ぶだけでこの上ない緊張に見舞われる…なんて。
俺をこんな風にしたのは、
絶対絶対、絶っっ対に
“澄晴”のせいだ……ばか。
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