来碧さんが車を止めたのは、ここらで一番の病床数を誇る総合病院だった。建物だけでもかなりの大きさだというのに、駐車場の広さも含めれば敷地面積は相当なものだ。 これまで、よく言えば用心深く、言い換えればチャレンジ精神の欠片も無いつまらない人生を送っていた自分には無縁な場所であり、風邪をひいたときなんかに受診する近所のクリニックとは全くの別物だった。 入り口からしてホテルかと疑うほどの立派な造り。 堂々とした佇まいで、足早に進んでいってしまう来碧さんを後から慌てて追いかける。はたから見れば、主人とポンコツ召使いに違いない。 これまで共に過ごす中で度々思う事はあったが、やはり俺と来碧さんは生きてきた世界がまるで違う。 そんな彼と、これから先寄り添って人生を歩んでいく。 …今日は、それを彼の親御さんに報告する大切な日。 あぁ、ダメだ。 今になって昨日のパンチがまた効いてきた。 鈍い痛みを訴える腹に手を当て、深く息を吸い込んだ。 ここまで来ておいて、勘弁してくれよな。 自分の精神の弱さには呆れてしまうよ、まったく。 「綾……あぁっと、すばる。エレベーター乗るぞ」 「ひえ？？え、ぁ…うん！今！」 ただでさえ非日常。 それに加わる新たな呼び名は、自身を更に混乱させるには十分だ。一瞬にして耳まで体温の上昇を感じた。 そんなスマートに呼ばれると、今度はこちらが照れてしまう。自ら言った事ではあるが、やはりそう簡単に慣れはしないらしい。 後頭部を掻きながら、数刻前の悪戯心を早速後悔する始末である。 せめて、帰りまで待つべきだったかもしれない…。 挙動不審な怪しい人物を前にして、来碧さんのお母様が認めてくれる訳もないだろう。 正方形を規則的に組み合わせた床から視線を外し、呼ばれた方へと目を向けたその時。 ──予想外の光景に思わず、声を失った。 「……な、何だよ。人の顔ばっか見てないで早く乗れ」 「…………は、ぃ…」 スマートは言い換えよう。 来碧さんは、頑張り屋さんだ。……多分。 鏡など無いのだから確認は出来ないが、恐らく俺以上に赤くなっている来碧さんを見てどきっとした。もはや心臓がかなりの音を立てた気がする。 聞こえていないか、はたまた飛び出して来ないか、それはもう心配で堪らなくなるほどに。