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36 side.s

──俺達がエレベーターを降りた階は、リハビリを中心とした回復病棟のようだった。 これは……来碧さんから聞いた話と、少し違うように思えるが。 「ねえ、ここってさ…リハビリとかする所?」 「ん?そうだけど、どうかしたか?」 「いや…もっとその、精神系とかそういう病棟に入院してるのかと思ってたから……」 静かな渡り廊下に俺と来碧さんの声だけが響く。彼は乾いた笑みを零し、ゆっくりと足を進めた。 「…ま、仕方ないんだよ。 心理病棟はΩがそう簡単に入れるところじゃない。いちいち受け入れてたら何処もかしこも病院パンクしちまうからな」 「……そう、なんだ」 余計な事を聞いてしまったと思った。 「勿論定期的にカウンセリングはあるみたいだけど」 そうは言いつつも、袖に隠れた拳は固く握られており、彼が納得いっていない事は明白だ。 生い立ちからして複雑な家庭環境で育つ人が多いであろうΩ。 性別判明後、酷い扱いを受ける事や 最悪、望んでも居ない相手に迫られる事も…珍しくない。 そうして心を傷めた多くの人は、俺の知らない所でもきっと数えきれない程存在しているのだろう。 αやβにとっての当たり前は、 Ωの彼らからしたらそうではないのだと。 それがわかってしまって、どうしようもなく胸が痛んだ。 すっかり背を丸め込んでしまった俺の肩に、来碧さんのしなやかな手が触れる。 反射的に肩が飛び跳ねた俺を見て吹き出す彼の瞳から、うまく意図を読み取る事は…出来ない。 「ほーら。あんまりシケた面すんなよ。 考えてみろよ。…精神を病んで身体まで壊したのに、自分の力でリハビリ病棟まで上がってこれた」 呆れた顔ではない。 諦めた顔でも、苦痛に耐える顔でもない。 確かな輝きを持った瞳に、情けない男の姿が映る。 「俺を産んだお母さんが、弱くないって証明出来て嬉しいんだよ、俺。 …薬や医師に頼らないあの人は、そこらの患者よりずっと強いんだ」 「うん……、うん。そうだね。 来碧さんのお母様はめちゃくちゃ格好良いよ!」 来碧さんが、以前言っていた事。 『俺は母とは違う』 本当は、そうじゃないんだ。 きっと来碧さんは、お母様の事をすごく心配していて けれどそれ以上に、諦めきっている姿が許せなかったんじゃないかって、そう思う。 『母の言う“弱いΩ”がどれだけ上へ行けるか、見せてやりたい。 母の心をも、この手で救ってみせる』 親を信じる彼だからこそ、固く誓えた言葉だったのだろう。 俺だって、そんな来碧さんの諦めない強さに、どれだけ救われてきたかわからないのだから。 何度も何度も比較しては、自身の弱さを痛感した。 そして、彼が選んでくれた俺なのだからと、一歩を踏み出す力になったんだ。 お母様もそうであって欲しいと。 彼の並々ならぬ努力が希望の光となって欲しいと、心から願う。 「ん…ここだな。入るぞ」 「あ…うん」 来碧さんが立ち止まったのは、4人床の扉の前。 コトコトと慎重に戸を引けば、どこからか話し声が聞こえる。 相部屋なのだから何も珍しくは無いだろうと気にもとめなかったのだが、何故か来碧さんはぴたりと足を止めた。 …それは、まるでUFOでも見つけたのかと思うほど、驚き切った表情で。 「……お母さんの、とこ…誰かいる…?」 「…え?」 聞き取るのがやっとの声で呟かれた言葉は、彼は勿論の事、俺ですらまったく予想していないものだった。

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