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男は頬を赤く染め、いつか灰皿の淵に擦り付けたそれをもう一本取り出した。
つられるように俺も箱を手に取るが、軽い音を立てるその中にはもうあと僅かしか残っていない。
……帰り、コンビニ寄らないとな。
肺全体に煙を行き渡らせるよう、限界まで吸い込んで
ゴーゴーと勢いよく周る換気扇めがけて一思いに吐きつける。
「あえて…悪意を込めて言わせていただきますが、生まれながらにしてそれなりの生活や幸せを約束された貴方が、どうして母のようなΩに手を差し伸べるのですか?」
他人と番を結んだ母相手では、いくら恋人関係にあったとしても、キスの一つも、セックスだって出来ない。
手を繋げても、頭を撫でられても、そこまでだ。
抱きしめ合う事すら叶わない。
相手が例え運命のαだろうと、番を持つ俺の身には想像を絶する苦痛が襲い掛かったのだ。
この男とあのドクズとで立場は違えど、身体に及ぼす反応としてはたいして変わらないだろう。
そこまでして母の身を犠牲にする気は無いが、目の前ではにかむこの男が、それ以上を望まない筈がない事もわかっている。
歳が違っても、同じ男なんだから。
「僕は…このままでもいいと思っているんだ。勿論、全く欲がないと言えば嘘になってしまうんだけど…。
でもね、彼女が苦しみ続ける様はもう見たくない」
男は、先程まで見せていた表情が嘘のような険しい面持ちになると、ポケットから取り出したスマホを素早く操作し、開いた画面をこちらへ向けた。
メールの受信画面だろうか。
堅苦しい敬語での挨拶を始めるそれに、差出人が彼と親しい仲ではない事は察しが付くが──。
「これ、は…っ」
「……彼で間違いないんだね」
本文に目を通していくと、とある人物の名が記されていた。
その人物の現住所や職業、よく行く店までもが、しっかりと顔の判別も出来る画像と共に。
「どうして…父を?」
「念には念を、だよ。実は退院してすぐ、探偵に依頼をしていてね。
……予め君から了承を得た上で、彼女が切り出してきた時にはすぐ行動に起こせるようにしておこうと思って。
──彼女が番を解消したいと、言って来たときの為に」
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