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来碧さん達が席を外し、完全に二人きりとなってしまった空間。
こちらへ身体を向けようとしてグラつく彼女に手を伸ばすが、助けは必要ないと言うように首を振られれば
行き場を失くした掌はきゅっと自身の服を握る。
来碧さんも身体の線は細いから、恐らく同じΩで母親のこの人も、元々細身なのだと予想はしていた。
しかし、職業柄鍛えざるを得なかったであろう彼を基準とする俺からすれば、彼女のそれは異常だったのだ。
少しでも力を加えればすぐに折れてしまいそうな華奢な腕。
二つで器用にバランスを取り、同じく折れそうな青白い首をゆっくりと持ち上げ、ようやく瞳が混じり合う。
「…お待たせしました。ごめんなさいね、なかなか早く動くことが難しくて」
「いえ、そんな…気になさらないでください!」
深みのある群青の瞳は、窓から差す太陽光を取り込み優しく輝く。
それを目にしたのは間違いなく初めての筈なのに、どこか既視感を覚え、不思議と緊張が解れていくのはきっと──来碧さんとよく似ているからだろう。
「改めまして…来碧さんとお付き合いさせていただいています、あ…綾木と申します…」
ふと冷静になると、自分はベッド横に直立状態。
彼女は身体こそ起こしているものの、うんと上を見上げていて。
…営業マンとしてなんという失態だ。
俺は慌てて膝をつき、目線を合わせた。
彼女はキョトンとした顔のまま俺の行動を眺めると、先ほど起き上がったばかりなのに再び半身へ薄手の布団を掛け、横になる。
…少し起きているだけで精一杯なんだろうか。
それとも早速俺に不合格判定を下し、「今から寝るのでもう話さないわ」とでも言うつもりか。
というか、そこまで顔の位置が低くなると俺はどんな体勢を取れば良いのだろうか。流石に床に寝そべる事は避けたいのだが…。
暫く考えたのち、俺の見つけ出した答えは
床に完全に正座する事だった。
これは正解なんだろうか…いやむしろ、寝ている人を覗き込む変態と間違えられそうだ。
「初めまして。…っふふ、随分と礼儀正しい方な…ッです、ね……んふふっ、」
「え?」
いや遊ばれてただけかーーい。
めちゃくちゃ楽しんでるじゃないか来碧さんのお母様。
いや、それでこそ彼の母親らしさが滲み出ている気がしなくもない…な。
彼から聞いた話に出てくる母親は、幼い頃を除いては、日々光を失っていくような苦しむ姿ばかりだったと記憶している。
だが、正直今の彼女を目の当たりにしては少しも想像が出来ない。
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