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初対面な上に、自らを追い詰めた原因であるαを目の前にしてもなお、可笑しそうに笑う彼女は聞いていたものとは程遠い。
「…はぁ、うふふっ……失礼しました。
また起きると時間がかかるから、このままでもいいですか?」
「も、勿論です」
ひとしきり笑い終えた彼女は、口元を覆っていた布団を肩の辺りまで退けた。
未だにこやかに持ち上がった口角のまま、細い首をそれは重たそうに動かし、俺とは反対方向にある椅子を指す。
「その、奥の椅子を使っていただいて構いませんよ」
「あ…ありがとうございます。では失礼して…」
数刻前まで別の人物が座っていたそこは、僅かに温もりが残っており、俺達よりずっと早くからあの人がここに座っていた事を察するのは簡単だった。
そして、首元を隠す髪の隙間からほんの一瞬見えた頸──。
正しい形がどういう物なのかは、実際に来碧さんに痕を残した自分ですらわからないけれど、
彼女につけられた刻印は、場所も、角度も、形も全てにおいてメチャクチャで。
痛々しくてグロテスクな、獣に襲われた爪痕が、繊細かつ色白な肌へ深く刻まれていた。
完全なラット状態にでも成り果てていたのだろうか。
「わかりやすいですね、綾木さんは」
「わかり……やすい、です?」
「さっき…首、見えたんですよね」
「──っ」
誤魔化す事も、シラを切る事も出来ないのは
正に彼女の言う通りであり、図星ですとでも言わんばかりに、分かりやすく全身が硬直しているからだ。
嘘をつけるほど器用では無い。
何より彼女のまっすぐな瞳が、俺の目を完全に捕らえて離してはくれない。
人の感情に敏感な性別なのか、単に性格的な部分なのかは定かじゃないが、そういえば来碧さんも「目を見る」って言ってたな。
「来碧から私の話、何か聞いていますか?」
興味深そうでいて、探っているようにも見える。
どこか掴み所が無いようで、落ち着いた大人の態度。
例えば一つや二つ話を作る、もしくは大袈裟にしたところでこれでは隠すなんて出来ないだろう。
既にこの段階で白旗を上げた俺は、包み隠すこともなく全てを話した。
彼から聞いた母親の話から、反対を押し切ってまで警官の夢を諦めなかった理由。いざご本人と会って、思っていた姿とは大きく異なっていた事まで。
余計な事まで話しやがってと、来碧さんは怒るだろうか。
それでもオチすら付けられない、つまらない俺の話に真剣に耳を傾けてくれる姿を見れば
あぁ…やっぱりこの人は来碧さんの親なのだと実感することが出来たのだった。
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