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「一つだけ、質問してもいいですか?」 「はい…何でしょう?」 彼女が会話を遮ったのは、来碧さんとの馴れ初めを聞かれ、説明している真っ最中だった。 夜の公園でヒートを起こす場面に突入する寸前で断ち切ってもらえたのは、なんと幸運な事だろう。 「来碧の事、いつもそう呼んでいるんですか?」 「へ?」 「その、来碧“さん”って…。 歳は変わらないんでしょう、それなのにΩのあの子をどうしてそんな風に…?」 実際に鳩が豆鉄砲を喰らった時にどんな表情を見せるのかは知らないが、もしも俺が鳩であったなら、きっとこの顔をするだろう…という自信がある。 いやもう少し痛そうな顔をするかもしれないが。 まあ何と言うか、今、俺は誰がどう見てもお手本のようなポカン顔だ。 彼と出会い、時間を共にしていく中で、ほんの一瞬も考えていなかった事だ。 強引に連れ込んだ居酒屋で教えてもらった「来碧」という名前。お巡りさんの名残から始まった呼び名なのかもしれないけれど、どれだけ親しくなろうと、俺には無い強さやそれ故の美しさを知る度に、その呼び方を定着させていったような気がする。 そもそも…。 「僕は来碧さんを尊敬していますし、そこに性別は関係ないと思っていますので…Ωだから呼び捨てとか、そういうのは全くあり得ません」 俺はたまたまαに生まれただけであって、それは来碧さんも同じなのだ。 人の優劣をつけるのは性別ではない。 俺より、少なくとも20くらいは歳上であろう彼女が一向に言葉遣いを崩さないのは、そういったこの世の中の在り方を普通としているからかもしれない。 現に、俺の考えに対し簡単には賛同出来ないのだろう。 眉間には僅かに皺がより、小難しい表情で真っ白な天井を見上げている。 「…来碧が自らの意志で番ったと言ってきた時に、どっちなんだろうと思ったんです」 消え入りそうな声色で ぽつり、と彼女は呟いた。 静かに開く病室の扉と、二人分の足音に隠れてしまわぬよう、耳をそこだけに集中させる。 「あの子は私を見て育ってしまったから。 ……Ωは苦しむものだと諦めたのか、発情期に耐えきれなくなってしまったのか」 腹部にかけられた布団が持ち上がる程に大きく息を吸い、ゆっくりと取り込んだ空気を吐き出すと、彼女は今日見せてくれた中で一番の笑顔を浮かべた。 膝上に置かれている俺の手に、自身の掌を重ねる。

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