15 / 80

15 約束①

それからというもの和哉は柚希が通る公園や、雨の日には柚希のアパートの軒下で帰宅を待ち、家に上がり込んで父の帰宅前に自宅に帰るという生活を繰り返すようになった。  出会いから二週間もたたずに金木犀の花は雨に散りぐっと冬に近づいたので、いくら元気いっぱいの小学生とはいえ外にずっといると身体が冷え切ってしまう。 公園でいつも通りベンチに座っていたら、日が暮れる直前に柚希が戻ってきた。  冷たい乾燥した風にあおられ、白くかさつく和哉の頬を柚希が両手の平を擦り合わせてから温め『寒かったよね? 風邪ひいちゃうよ。外で俺を待ってなくていいんだよ?』と小さな子に言うようにしきりに心配してきた。 『大丈夫。柚にいに会ったら寒いの吹き飛ぶから』  そんな風に少しかわい子ぶって返して柚希のあの柔らかな手を外側から握って、ふっくらした掌に2度3度とキスを送るような仕草をした。  周りの少年たちからはその積極的な姿に囃子声がかかったが、しかし柚希の方はきっとこの子は意味など分かっていないのだろうなというような顔で眉を下げて困ったようにはにかんだだけだった。    結局近所にたまに不審者が出るというのを学校でも聞きつけてきた柚希が可愛い和哉に何かあったらと心配をして、柚希が帰宅したらスマホで連絡を取り合うということを約束させられた。それでもなんとなくそろそろ帰って来るかな?と思うと和哉はいてもたってもいられずに公園に柚希を待ち伏せに行った。放課後柚希を待つのは苦にはならなかったが、土日にバスケ部の遠征でなかなか帰ってこられない時など一日でも顔が見られない方がよっぽど応えた。     和哉が柚希に気に入られたくてバスケットに興味がある素振りを見せると『教えたげるね』ととても嬉しそうだった。  夕暮れ時公園、街灯の明かりを頼りに、柚希に手加減されつつも熱心にパスの練習やドリブルの練習をして、上手い上手いと喜ばれるから和哉もどんどんその気になってそのうち本当にバスケが好きになった。 どうしてこんなにも短期間で年も通う学校も違う二人が仲良くなったのかと振り返って考えると不思議だったが、それはやはり互いに友人たちには見せられぬ寂しさや弱みをも曝け出せる相手として認め合ったからに他ならないだろう。 友人が多く陽気で寂しいところや暗いところを人に見せたくない柚希と教師からも賢い子だと一目置かれ、しっかり者で母の死後もとても気丈に過ごしている和哉。  2人とも学校においても家庭でも、いわゆる手のかからない子だったが、その反動か二人でいる時は互いにお互いを自然に甘え、甘やかしあった。  柚にい、カズと親しげに呼び合い、まるで擬似兄弟のような心地になって、心の中に知らず出来ていた隙間を交互に愛情を注いで満たし続けた。  心に素直になることで自分の中の悲しみや弱さと向き合わざるを得なくなる。それが嫌で、柚希を利用してやるなどとつっぱっていた和哉の心の意固地な部分など、柚希の淡い桜色の唇に浮かぶパンケーキみたいにふんわり甘い笑顔一つで、すっかり蕩けさせられた。  逆に柚希の方も和哉が愛くるしいと評判の顔立ちでにこにこ素直に柚希を慕い甘えてくるのが、それはそれは嬉しくて和哉のことが日ごと愛おしくてたまらなくなっていた。 柚希は何時でも1番大好きなものを見つめているような潤んだ『きらきらお目目』をして、和哉を見つめ返してくれる。その度和哉は態度に出ないまでも天にも登る気持ちになれた。  ただ微笑みあうだけで互いに胸の中が芯から温まれる。そんなよい方法を編み出したのだから、手放せるはずがなかったのだ。 友達が多い柚希は部活の後公園で話し込んでいる日もあったが、大抵はスマホに律儀に帰宅の連絡を入れてくれて、それを見た和哉が公園に走りこんでくるとアパートの窓から眺め前のめりに手を振って、自分も古ぼけた鉄の階段をかんかんっと音を立てており、嬉しそうに出迎えてくれた。  柚希は公園でまだ友達と一緒にいる時だって、和哉がやってきたら残念がる彼らにあっさりさよならを言い、さっさと二人して和哉のアパートに向かう。  柚希は飛び切り可愛い上に明るくて友人も多い。彼らが本当は少し和哉のことを邪魔くさく思っているのも彼らの視線から和哉は感じてた。  でもその友人の誰よりも和哉を優先してくれることに優越感に浸りながら、差し出してくれる温かい手を握ると、何の落ち度もない優しい母を突然無慈悲に奪われ亡くしたという心に巣食う寂しさや悔しさの全てが浄化される心地だった。   隣りを歩く和哉を見おろしながら、柚希は日向で揺れる白い花のように清らかな笑顔を浮かべて『腹減ってるか?』とまだ変声期が終わり切っていない澄んだ声で聞いてくれる。  和哉は家に用意されているおやつやご飯もあるにはあったが、それには触れずに頷くと柚希が嬉しそうな顔をして台所に向かってくれた。  学ランを脱いでシャツの腕をまくり、そのままエプロンをつける。  それが何とも言えない清潔感に溢れた楚々とした後ろ姿で、すっと伸びつつもどこか儚げな背中にすがり抱きつきたくて仕方なくなる。  『何作るの?』なんて尋ねるのを口実にして柚希の細い背中に1度ぎゅむっと抱き寄せ、驚いた柚希に優しくたしなめられながら手元を覗きこんでいた。  出来上がったものを一緒に食卓に並べると、和哉がせっせと食具を口元に運ぶのを柚希は花が咲くように明るく顔を綻ばせて眺めながら、「美味しいか?」なんて聞いてくる。  『美味しいよ』と返せば、正面に座る柚希はお行儀悪く頬杖をついて、上目遣いに和哉を見つめながら、昏く寂しい心の奥底まで光を射させるような綺麗な笑顔を浮かべてずっと和哉だけを見つめ、見守ってくれる。 そんな柚希と目が合うたび、和哉の胸の中は小さく引き絞られるようなきゅんっと切ない心地になった。 その安らげる笑顔見たさについつい顔を見るたび『お腹すいた』を繰り返し、そのうち夕食までご馳走になる日も増えていった。 柚希は当時は背はあってもまだほっそりと体格は華奢だった和哉をおなかいっぱいにすることを我が使命と考えていたようで、和哉のために日々工夫してあれこれ用意してくれる。勝手なもので放っておかれると寂しくて、いちいち気を惹こうとあれこれ話しかけた。 「柚にい。こっちでゲームしようよ? 」 「もうちょっとで出来るから待ってろって」 「ここの解き方分からないから」 「あとちょっと」 「ワン! 僕にもう少しかまってよ! ワンワン!! 」 「痛たっ! 噛み付いたらダメ!  わんちゃんおすわりして待ってろ?」    柚希を独り占めできるのならばどんな状況でもそれはそれで本当に嬉しいのに、柚希がこちらに顔を向けてくれないと寂しくて、一緒にいるとどんどん自分が欲深くなると子どもながらに和哉は少し自分が怖くなった。 (もし母さんみたいに急に柚にいが居なくなったらやだな.......。そんなことになったら)    柚希の生命の温みが伝わってくる背中に顔を押し付けたまま、和哉は無意識に息苦しさを感じて喉元を抑えた。そしてより強く柚希の腰にしがみ付くと、柚希はご機嫌な様子で鼻歌を歌っていた。 (そうならない様に、僕が柚にいを守ってやらなきゃ。でも今は柚にいに、僕にもっともっとメロメロになってもらわないとね? 柚にいが高校に行っても大学に行っても、ずっと僕のことを可愛がってくれるように)  和哉はこれまでも顔立ちは女の子みたいに綺麗だったけれど背丈は低い方ではなかったので、『王子様みたい』とか女子からちやほやされることも多かった。しかし人からしつこくべったりされたり、必要以上に構われるのは苦手で、母のことがあってからはより皆の環の中から少し外れていた。周りも腫れ物にでも触る様にそれを黙認し教室でも一人憂い顔で物思いにふけっていることが多かった。  そんな和哉なのに柚希の前ではお得意の愛嬌を使ってかまえかまえと『わんちゃんごっこ』までして、手を変え品を変えて誘惑しようとしてしまう。  前にテレビで仔犬の特集をしていた時、キュンキュン啼く仔犬の物まねをしたら柚希がいたく気に入ってお得意のキラキラした目で和哉を見つめてきた。 喜ばせようとやっているうちにくだらないけれど二人の間で定番のおふざけ遊びになっていた。  わんわん!なんてクラスの奴らに見られたら憤死しそうだけれど、柚希が喜ぶならなんだって喜んでしてしまう。 (柚にいは、ちょっと母さんに似てる、俺のこの顏大好きだもんね?)  しつこく背中にしがみついて、シャツ越しにも直接にも柚希の柔い素肌を甘噛みするたび、和哉の幼い欲は満たされ、柚季も仕方ないなあというふうに手を止めて頭を撫ぜてくれる。顎の辺りをソフトに指先で撫ぜ触れられるとたまらなく心地よかった。 (僕……。柚にいのこと、好きだな)  誰かを好きだと思う気持ちは胸の中でひときわ輝き温かくて病みつきになりそうだ。  これから更なる成長を迎えるであろうその手はまだ白くほっそりと少女のように優美で、切れ長でありつつ大きくぱっちりと開く独特の美しい瞳は細めると美しくしなやかな猫のようだ。  最愛の母の死にぽっかりと空いた心のうろを、いつだって柚希の溢れる愛情で満たし続けて欲しくて。  この人の際立つ美しい視線をどうしたらいつでも自分にだけ向けておけるのか、どうしたらもっともっとこの人に愛されるのか。  和哉はいつの間にかそんな事ばかり考えて生きるようになっていた。 ☆和哉って晶に比べて、今のところなかなかな性格だと思われているかと思うんですが、ショタ時代中学時代高校時代とこの後駆け足で続いていくんですけど、育ちっぷりを見てもらった後で印象変わったかどうかとかご感想いただけると非常に非常にありがたいです。 よろしくお願いいたします。あと、折本作れるように(ネップリで)なったので、年内にこちらが完結出来たらクリスマス辺りでどれかのお話の小噺をネップリしたいと思ってます。 過去作でも大丈夫です。どのお話がいいかなあ。 よろしくお願いいたします。    

ともだちにシェアしよう!