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番外編 ありがとう、おめでとう、よろしくね その1 Xmas

 柚希が最愛の弟である和哉と番になってから瞬く間に日々は過ぎ、柚希の勤めるお店近くの商店街、その裏手にある川沿いには、今年もXmasのイルミネーションが点灯しはじめた。   番になったとの親への報告を済ませたのちは、実家に戻っておいでと二人に請われたが、柚希は『成人した男だから一度家を出たら戻らないよ。でもちょくちょく遊びに行くね』とそんな風に約束をした。  もう突然のヒートに怯えて敦哉とお互いに気を使いながらすれ違うように実家に戻る必要もなくなったのだ。  母はやれ夕飯沢山作りすぎたから食べに来て、やれ冬物でいい感じのお洋服を三人分買ったからとりに来てとか他愛のないことで嬉しそうに柚希を呼び出してくれるようになった。  今までも柚希が家に帰ってくる来ると桃乃から聞かされていた時、敦哉は自分は家を離れながらも、会社近くで評判がいいと聞きつけたスィーツを捜し歩いては、柚希の為に買ってきてくれていたらしい。 「だから来るたびになんかすごい高級なお菓子があったんだ……。たまにカズも家に持ってきてくれてた」 「そうそう敦哉さん、柚くんの仕事の助けになればって、地方出張の時も色々お土産買ってきてたのよね~」  そしてたまに桃乃と二人でこっそりドーナッツ屋の様子を見に来て厨房にいる柚希には会えるわけではないのに、お店の助けになるようにと沢山ドーナツを買って帰っていてくれたこと。二人がずっと柚希を気にかけ想い続けてくれたことを柚希は今になって初めて知ったのだ。  久々に敦哉ともゆっくり話をできるようになったから、昔みたいに敦哉とおしゃべりしながらの、とても嬉しそうな柚希を見ると和哉はそのたびちょっと口を曲げたような面白くなさそうな顔をする。  ここ数年は柚希に対しては優等生な態度が強かった和哉も、段々と昔の彼のような飾らない表情をしてくれるのが柚希は嬉しい。  そのたび桃乃が軽やかに揶揄って、『カズくんってば相変わらずやきもち焼きさんだわね。昔から柚希が他の人のこと褒めたり、楽しそうにおしゃべりしたりしてるとそんな顔してたものね。もう番になったんだからどんとかまえなさい?』なんて窘められるたびに、柚希の方が『母さん、ちっちゃい頃から和哉が俺のことずっと好きだったの知ってたの?』なんて恥ずかしくなって顔を真っ赤にしていた。   ともかく両親の歓喜に満ちた顔を見るたび、色々あったけれどこうして番を作って家に戻ってこられて本当に良かったと心底ほっとして地に足がようやくついた気持ちになった。  和哉はというとすぐにでも柚希と一緒に暮らしたいとは思っていたみたいだが、今のところ学生の間は別居ままでいることを理解してくれた。  柚希には今の柚希の生活というものがある。  社会人四年目。右も左もわからなかった頃に比べたら、今は自分の意見を出して商品開発にも携われるようになった。  対して和哉はこれから社会人となり、生活全般が変化する手前だ。これからの二人のことはゆっくりと共に考えようと、年上としてそんな風に和哉に真剣に話をしたのだ。  番になりたての頃、柚希に仕事を辞めて自分の傍にいて欲しいなどと激情のままに迫っていた和哉も、頭が冷えてきたら態度が軟化をして、やや不承不承ながら了承してくれたのだ。  とはいえ、あの和哉が番と離れて居られるはずもない。  父母に挨拶をした翌日には柚希のアパートから一度実家にとってかえすと、大きなスーツケースに私物をまとめて柚希のアパートににこにこしながら乗り込んできた。  その後もお洒落な和哉がどんどん洋服だの靴だのお店が開けるのではないかというほどの荷物を柚希の家に持ち込んでは、大部分は柚希のアパート、必要な時だけ実家に帰ってといった感じに暮らしている。  大学の課題等資料が必要な時には家に戻るが、なにせ隣り街なのでどんなに遅くなっても必ず寝に帰る場所は柚希の元。ゆえに半同棲と言っても良い。  とっとっとっとアパートの階段を登ってくる和哉の足音は軽やかで結構速くて、その音を聞くたび柚希はご主人様の帰りを待っていたワンコのような気持ちになって、料理を温めていた手を止めてまで扉の前にいそいそと立ってしまう。 「ただいま、柚希」 「おかえり、和哉」    なんて頬を染めながら言いあって、和哉が早速ワンコのように覆いかぶさってきてキスをされると、柚希は恥ずかしくて慣れなくていい年した男がいちいちときめいているなんて知られたくなくて、ちょっと嫌がるそぶりを見せてしまう。  だが内心『うわ、こんな、恥ずかしいのにすんげー嬉しい』と思って、照れてあまり言葉に出さないまでも和哉が傍にいてくれることが柚希は何よりも嬉しいのだ。  昔はあれほど恋愛的な感情を抱くことが他人のそれが青色なら柚希は限りなく水に近い程薄く、どれだけ人気の恋愛ドラマを見ようが可愛い女の子と付き合おうがいまいちピンとこなかった柚希だった。だが今では和哉と一日でも離れていられない。これはもうもう本能からわきあがる実感だった。  他にも変わったことがある。  いつもだったら和哉の方がしつこく柚希に連絡を取ってきていたのに、今では仕事の合間に柚希の方が和哉は今どこにいるのかなとアプリで確認してしまったりする。  見知らぬ場所に和哉のアイコン(なんと『祝番』のあの狼ケーキのアイコン。こっそり写真撮っていたらしい。和哉の友達みんなにもいつもみられている。ちょっと、かなり恥ずかしい)がいっていると、じくりっと心臓に小さな棘が刺さったような心地になって、これが散々職場の女性たちから聞かされてきた恋の疼きなのだと今さらになって柚希は遅まきながらようやく初恋を得たみたいに実感していたのだ。 (でもなんか……。このチクって奴は嫌じゃない。何回も繰り返して繰り返して胸の中で『和哉に会いたいなあ』って反芻すると、そのたび心が熱くなっていくような気分。会えた時の嬉しさは、胸がはち切れそうになるほど和哉が愛おしいって、心が膨らむんだ)  12月。  ちょうどアパートの更新時期とも重なったので半同棲になっている現状もあるので二人で公園のさらに裏にある立派な門構えの大家さんの家に挨拶にった。  すると今は息子に仕事を譲って隠居をしていた元大家のご隠居のお婆ちゃんが奥から出てきてくれた。 「あの小さかった柚くんが立派になって、こんなに色男の番もできたんだね」  お婆ちゃんは柚希の手を皺くちゃの温かい手で取って、涙を流して喜んでくれた。昔お世話になった方へ、幸せな母の近況も自分の仕事のこともいっぱしの社会人として伝えられたことが柚希にはなにより嬉しかった。  ビニール袋に二袋も林檎や蜜柑をもらって帰路につきながら柚希は心がじんわり温まったような感慨深い気持ちになった。 「僕も久々にあのお婆ちゃんの顔を見たよ。たまに外周りの掃除してた人、大家さんだったんだね。良い人だよね。柚希の顔見て泣いてた」 「昔はさ、いっつもあのお婆ちゃんがアパートの周りの草むしりしてたから、俺引っ越してきたころは友達もいなかったし……。婆ちゃんと一緒に草むしりして、お饅頭貰ったり、可愛がってもらったんだ。うちって訳ありだっただろ? 保証人書けなかったお母さんに特別に部屋を貸してくれたんだよね。すごい恩人。思えばさ、母さんと父さんもだけど……。転校した手の時の学校の先生とか、俺が熱出した時夜中に開けてくれたお医者さんとか。……俺忘れてたな。母さん以外にもさ、本当は沢山の人に大切にしてもらって愛情をもらって俺って育ってきたんだなって。感謝しないとなあ?」  どこまでも澄んだ冬の青空を見上げて晴々した柚希の顔を見て、和哉は僅かに浮かない表情を見せたがすぐに笑顔で頷いて二人でアパートに戻ってきた。  柚希のアパートは狭いので元々母子で暮らしていた時も夜になったら奥の部屋のベッドに柚希、日頃は手前のテレビのある部屋のカウチソファーをベッドに変身させて母が眠っていた。時間になったら静かに消灯して夜更かしをしない生活を二人を行っていたのだ。  現状は奥のベッドが狭すぎて安眠できないだろうと、夜になると柚希がベッド、和哉が新しく買ったすのこ状のベッドを敷き詰めた残りの床一面に実家から持ってきた布団を敷いて眠っている。  朝になったら部屋の隅にすのこと一緒に片付けるという生活を続けていた。ちょっと甘い雰囲気になったらどちらかの布団の上で……。といった感じなのだが柚希が仕事で疲れて大体寝落ちしているのを和哉が仕方なしに抱き上げ添い寝して……。二人とも変な姿勢で眠ってしまって朝起きると身体が痛いというのを繰り返している。目下早くもっと広いところに引っ越して、男二人でも腕がのばせる巨大ベッドを購入するというのが二人の目標だ。 (親孝行やっとできる気がしてきた……。やっと人生の再スタート切れた気がする)  そんな風に柚希はしみじみと思うのだ。勿論Ω判定をされた後だって一生懸命に生活してきていたし、周りと折り合いをつけながらも必死にやってきたつもりだったけれど、今の満たされた気持ちには到底かなわないだろう。    大分寒くなってきた時期。木造のアパートはエアコンをつけていても隙間風が吹き付けるように寒さがある。  追い炊き機能が付いていない、お湯でだけ調整する風呂に立て続けにはいってから、子供の頃のように髪を乾かし合って、柚希はベッドに和哉は布団に潜り込んだ。  明日も早いので『お休み』と言ってから眼をとじるが、がたがたと嫌に風が強く吹き付けてきてなんだか心にも吹き付けてくるような心地になった。  柚希の布団より、和哉が実家から持ってきた布団のほうがふっかふかなのだ。ちょっとうらやましくなってベッドの下を眺めれば、和哉はとても寝相がいいので長い睫毛が綺麗に映えた瞼を閉じて身じろぎしない。  こそっとベッドを降りて、ごそごそと和哉に布団に忍び込むと、男2人では布団が狭くて寝返りをするのも厳しいから、ぎゅっと温かい身体に擦り寄った。すると眠っていたかと思った和哉が柚希を懐にしまい込むように腕の中に抱き込んできた。 「明日のイヴ、柚希何時に仕事終わりそう?」 「あ……。起こしちゃった? ごめんな。お歳暮シーズンの残業終わったと思ったら今度はクリスマスでバタバタしてて……。多分二階の発送準備も手伝って、7時には俺の持ち場は全部終われると思うから……。迎えに来てくれるならパン屋のオードブルと三日月屋のケーキ、休み時間に引き取りに行っておくから、早く帰って家でゆっくりしよう? ごめんなあ。25日も仕事でどこもでかけられなくて……。あ、でも帰りにイルミネーションとか見ちまう? クリスマスまでは夜中まで点灯してるから」 「イルミネーションか。いいね。そういう恋人同士っぽいことやりたい。兄さんとこれからクリスマスの思い出を作りたいんだ。あの子供の頃のあのばたばたした奴じゃなくてね」 「ああ。あれなあ。だって俺まだお前がクリスマスにサンタがいるって信じてるって思ってたからさあ……」  そんな風に言いながら和哉が柚希の項に唇を寄せてちゅっと口づけるとまだ風呂上がりの温みの残る大きな掌を柚希の胸元まで忍び込ませながら囁いた。 「明日早いっていうから大人しく別々に眠ろうと思ったのに……。布団に入ってきて擦り寄ったりしてきてくるから……。すごく欲しくなるだろ? 」  自分で足を絡めていったのに、和哉の腰の物が硬くそそり立ってきたことに腰を引いて身をよじったら、許さないとばかりに、胸の飾りをくにっと弄られてひゃあっと声を上げてもだもだと足を動かした。もうその気になった和哉にパーカーの上を引き抜かれて寒さで鳥肌がぶるっと立つ。 「寒い」 「直ぐ温かくなるから、大丈夫だよ?」 「あ……、駄目……。昨日もしたのに……。本当に、朝早いんだから、んっんんっ……。ああ」 「思い出しちゃったじゃないか。初めて出会った年の、クリスマス。あの頃から僕が欲しかったプレゼントね? 兄さんだけだよ?」

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