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番外編 ありがとう、おめでとう、よろしくね その7 Xmas

柚希が涙で霞んだ瞳を再び拭って顔をあげれば、髪色によく似あう明るめのキャメルカラーのコートを翻し、イルミネーションの前にばらばらと散る人々をなぎ倒さんばかりの勢いで駆け寄る己の番の姿があった。  多分薄めの二つ折り財布と鍵程度しか身に着けていないのだろう。手ぶらで身軽ということもあるが、バスケ部時代、陸上部からスカウトに来られたほどの俊足を誇った和哉は黒のパンツに包まれた長い脚を活かし川沿いの小道をあっという間に距離を詰めてきた。  柚希は腰骨から頭のてっぺんまでざわざわっと総毛だつような歓喜に似た興奮と同時に明らかな恐怖すら覚えて、思わず晶を庇うように腕を広げて弟に前に立ちはだかってしまった。 「聞いて、カズ、晶は……、挨拶に来てくれただけだから」    柚希が涙の跡の残る顔で必死に晶を庇うような動作を見せたことで、すでに頭に血が登っている若い和哉は今兄の姿に十二分に煽られる。  日頃は穏やかで微笑みを絶やさぬ和哉の、目にしたことのない獰猛で仇に飛び掛からんばかりの顔つきに柚希は寒さとは違う悪寒に苛まれた。  そのまま和哉の胸に縋るようにして彼が晶に掴みかかるのを止めたが、和哉は柚希の腕を彼らしくない粗暴な動きで引き、晶から引きはがすように無理やり自分の後ろに下がらせる。 「カズ、落ち着いて」 「柚希は黙ってて。佐々木先輩。わざわざイブの夜に、番のいる相手のところに押しかけて、なんの挨拶に来たっていうんですか?」  和哉のこんなふうに感情を剥き出しにした荒々しい姿を目にしたのはまさしくあの番になった番以来のことだろう。  和哉が発するびりびりとした空気感と番を護るために発するという牽制のフェロモンに、剛直で逞しい晶すら太い眉を僅かに顰めこらえるような顔つきになったが和哉の剣幕に怯むことなく応じる。 「和哉、本当だ。海外赴任が決まって、年が明けたらすぐに出国する。その前に柚希に挨拶に来た。それだけだ」 「……」  和哉は黙り込んでかつての恋敵の真意を探るようにイルミネーションを移し炯炯と光る瞳で晶を睨みつけたまま、それでも一度きっちりと会釈をすると柚希の腕を掴んで歩き出した。 「車、路上に止めたままなんだ。もう行くよ」 「カズ、待って」    ここできちんと挨拶をせねばまた後悔が残るだろうと、柚希は和哉の腕を振り払おうとしたが、逆に指が上着に強く食い込むほどの力で握りこまれてしまったことに和哉の苛立ちを感じて身がすくむ。  引きずるように連れていかれながら柚希はなんとか後ろを振り返り、涙と寒さで鼻声になったかすれ声で、しかしかつてコートで敵陣地に攻めはいる、晶の剛勇なオフェンスに声援を送っていたような声量で叫んでもらった紙袋ごと、大きく手を振った。 「晶! 身体に気を付けて! お前なら、どこでだって、やっていけるよ! 晶! さよなら!!」  暗くてよく見えなかったが、晶は僅かに微笑んだ気がした。  遠ざかる、かつての後輩、チームメイト、そして愛した人。  再び涙の膜が張り、柚希は何とかそれが零れぬように眦に力を込めて、しかし零れ落ちる雫を止めることができなかった。 (ああ、辛い……。苦しい。晶……。晶、お願いだ。お前だけを愛してくれる優しい人に巡り合って、どうか俺よりずっと、幸せになって)  柚希は晶が仁王のように立ち尽くしたまま、全身全霊で柚希に意識を向けている姿を商店街に戻る側道に入って見えなくなるまで、目に焼き付けるように追い続けた。  商店街を無言で普段の倍の速さで歩く和哉の背中を追うように柚希は必死でついていくと、店の前で三枝が目立つ赤毛と金髪姿で、大きな包みを二つも抱えて珍しく困り顔で佇んでいた。 「あー、一ノ瀬!! 無事戻った!! 良かった~!」 「ごめん……。それ」  柚希が事務所に置きっぱなしにしていった今夜の主役であるオードブルとケーキを二人を探して渡しに行こうかと考えてくれていたらしい。 「ほら、忘れ物。これがなきゃ楽しいイブの夜にならないだろ?」  彼女にしては最上級に気を使ってにこにこっとわざとらしい程の笑顔を見せつけながら、内心明らかに様子のおかしい一ノ瀬兄弟の表情を推し量っていた。 (和哉くん、さっきのあの形相じゃ相手を殴りつけてくるぐらいやるかと思ってたけど、意外と冷静、か? ……一ノ瀬~! お前何その顔? 泣いてた? しかもやばい色気駄々洩れ。濡れた目元とか震えてる口元とか、なにそれ? どエロい) 「楽しいイヴになるといいんですけどね……」  そんな風にやや押し殺したハスキーな声で和哉が薄い微笑みを唇に浮かべながら目元は笑わずに答えて、柚希の手を離して両手に荷物を抱えた。突然手を離され、柚希は親に取り残された子供のように顔を哀し気にゆがめて片手をポケットに突っ込んで頭を下げてきた。 (だよな~。冷静なわけないよな~) 「ごめん、ありがとう。心配おかけしました。帰ります」 「おう、分かった。気をつけて」  ぐずっと鼻水を啜りながら小さく頭を下げた殊勝な様子の柚希は、そのまま背の高い弟の後ろを微妙な距離感を保って国道の方へ歩き去っていった。  とぼとぼ、という音でも聞こえてきそうなほど項垂れた柚希の後姿があまりにも憐れに見えて、三枝は日頃は職場で皆を気遣ってばかりいる気のいい男の身を案じずにはいられなかった。   (喧嘩するなよ……。あんま兄貴いじめるなよ? 和哉。お前たち長いこと想い合って、晴れて番になった仲なんだろう?? こんなに広い世界の中で相愛の相手を見つけられたって、それって本当にすごいことなんだからな?)  和哉は車の後部座席に荷物を置いて、柚希も先に助手席に乗り込んだ。  和哉はコートも後部座席に置いて、兄を迎えに来るだけだというのにこの間二人で買い物に行った時に購入したばかりのおろしたての服を着ている。 (今日の夜を楽しみにしていてくれたのに……。ごめん。和哉)  押し黙り中々車を出さない和哉の横顔に柚希も言葉をかけられずに戸惑ったまま、晶から受け取った紙袋の口を小さく丸めてボディーバッグの下に隠し気味に抱えるとシートに深く身を埋めて瞳を閉じた。 (やっぱり元カレと二人でこそこそ会ってるなんて、やだよな)  さっきまでは晶に対して抱いていた罪悪感から彼の行動を受け入れてしまったが、それは逆を返せば和哉を傷つけてしまう行為にも十分になり得た。頭の隅ではそう分かっていたつもりでも、柚希は晶を拒めなかった。 「ごめんなさい」  絞り出した呟きに、ハンドルに額を押し付けると、深く重く悩ましいため息をついた。 「それはさ、何に対するごめん? 何か後ろめたいことがあるってこと?」 「ないよ! そんなの……」  即答できたが、語尾がやや震えた兄の真意を透かし見るように、和哉の綺麗な瞳が今は凝らされる。  晶への思いはもう、ようやく過去の恋だと断言できそうになったのはつい先ほどのことで、顔を見た瞬間はやはり晶への様々な思いが溢れて零れて、感傷的になったと一言で片づけられるほどの気持ちに揺さぶれられた。  多分そのすべては嘘のつけぬ柚希の顔に現れていて、聡い和哉は一瞬にして理解できている。 (嫌いで別れたわけじゃないって、和哉も分かってるから、俺のことを信じ切れないのかもしれない) 「シートベルト締めて……」  気持を切り替えようと思ったのか和哉の吐息は柚希に呆れているのか、憤りを感じているのか。とにかくやり切れないように荒く苦し気に聞こえた。堪らなくなった柚希が和哉の二の腕に縋るが、和哉はこちらを見ようともせず、それを無視して車を出そうとした。  愛する人の冷たい仕草にそんなことで泣きそうな顔をしているのが恥ずかしくて、でも哀しくて。  前髪を揺らし俯いてから白い柔らかな手で目元を覆い、扉側をむこうとしたら、和哉の長い指先が伸びてその手を外すように握られた。  実際涙がにじみ出していたからそっぽをむいて隠そうとしたら、まだシートベルトを締めていなかった和哉が、シートに埋もれる柚希に覆いかぶさって強引に唇を合わせてきた。  かず、っと咎めるように名前を呼びたかったのに、開いた唇にミントキャンディーの味が僅かに残る舌をねっとりと差しこまれる。  仲直りや慰めの口付けにしては性的な香りの強い濃厚なそれは、いつの間にか両手をシートの座席に重く縫い留められながら続けられた。苦しさに喘ぐとひと時だけ止むが再び角度を変え、啄みながら唇全てを覆われて、柚希が応じるのを待つように柔らかな舌で敏感な上唇をなぞられた。 「かずぅ」  ぞくぞくっと甘い疼きを感じて身を震わせながら、柚希は舌先を高潔な唇から覗かせて甘ったるい声を上げた。僅かに柚希の甘美で清潔感溢れる香りが番を求めるように立ち昇る。  唇を離され覗きこまれる和哉の色素の薄い瞳にはすでに隠しきれぬ情欲が浮かんでいるのに、続きをくれぬ番を持てる全てで誘惑しようと、柚希は涙の雫すら自分を飾るアクセサリーにでも変えたように艶治な表情を見せて番を誘う。 「蕩けそうな泣き顔、甘い声……。晶先輩にもさっき、そんな顔見せたの?」 「ちがっ……。見せてない。カズにだけ。……和哉にだけだよ。お願いっ。して、もっとキスして」    必死で押さえつけてくる和哉の手を指先で探るように握り返し、唇を戦慄かせ涙を零しながら、年下の和哉に口づけを強請るのは初めてで、和哉は柚希の媚態に息をのむと、何とか押し殺していた激情を全てぶつける様に激しい口づけを交わしあった。口内を余すところなく舐められ、いやらしい水音までわざと聞かせるように片耳を握った手ごと抑えられた。やや兆しかけた脚の間をもぞっと動かすと、和哉はわざと口内で柚希がもっとも感じるポイントをわざとそよがせるように舌をするすると動かす。細腰をぴくっと跳ね上げ与えられる刺激を逃そうとするが徐々に追い込まれる感覚にうまくいかず、いつの間にか膝を摺り上げるように這い上ってきた手がコートを割り開いてボトムの上から柚希のせり上がり兆した部分を布越しに撫ぜた。 「やあっ。カズ、こんなところで……。だめぇ」          

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