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番外編 ありがとう、おめでとう、よろしくね その13 Xmas

「まあさ、あんた今日出勤してこれただけ、えらいわ。その首の噛み痕、かなり、えぐいけど。そんな噛みつかれまくって……。あんたち、何回番になる気?」    そう言って揶揄してきた三枝に、柚希は照れて俯き手は動かしたまま微笑んだ。  柚希はクリスマス当日、痛む腰を摩りながらもきちんと朝7時のシフトに間に合った。 勿論送り迎えを買って出たのは和哉で今朝はまたご機嫌の良い笑顔を見せていて、かなり気だるそうにしている兄の、朝食から着替えの服の用意まであれこれと世話を焼いてくれた。  柚希が眠っている間に和哉はお詫びのつもりなのかご飯を炊いて、朝食用には大好きな塩昆布と卵焼きを入れてその上海苔を一枚使って巻いたでかでかおにぎりを作り、昼食用にも鮭やおかか、ゆかりとコロコロチーズのおにぎりを握ってくれた。スープジャーにはあのトマトスープも持たせてくれたし、昨晩あんなことになり食べ損ねたケーキも朝と昼にがっつり食べた。       柚希は昨晩和哉にこれでもかとしつこく愛されすぎた。身体はくたくたのだったはずなのだけれど、朝良い香りで目が覚めるという最高のスタートを切れて、全身に滋養がいきわたり巡る心地だった。  出勤すると、クリスマスの店頭は冬休みに入ったからか小さな子供連れのお客さんが多くつめかけ賑やかで少し浮かれた雰囲気が商店街に漂っている。  今日は中央にあるからくり時計の前でサンタさんに扮した会長が子どもたちにお菓子を配ると張り切っているらしい。  柚希は同僚と共に生地作りからのドーナツ揚げ、チョコグレーズづくり、からのチョコペンで動物の顔をせっせとかきあげている柚希に、同じく忙しく過ごしてようやく夕方のピークタイムを前に一心地ついた三枝が声をかけてきた。 「やっぱ見えます?」 「……やばいわ。えっぐい」  制服の丸襟から覗く柚希の首筋にははっきりと歯型や赤く腫れあがった情事の名残が残っていて、他の同僚たちはそれに気がつきつつも流石に見て見ぬふりを決め込んでいたのに、がっつり切り込んでいく三枝とちょっと色疲れして余計に綺麗な柚希の顔やら件の首筋やらをついつい注視してしまう。  三枝は元カレ襲来後の修羅場を想像して色々と画策してくれていたらしい。自分の出勤はもっと遅い時間にもかかわらず、柚希にちゃんと出てこられるか連絡を何度となくよこしてくれていた。最悪柚希が来られなかった時は自分が早朝のシフトに変わろうとしてくれていたようだ。  なんだかんだ言って面倒見がいい三枝は見守ってきた世話のやける同僚が気になって、からかい半分、心配半分なのだろう。 「昨日、αの元彼さんが来たって本当だったんだ……」 「修羅場~ でもかっこよかったって~ 見たかった!」  などと周りの普段から賑やかな女性の多い同僚たちも興味津々の様子だ。 「心配おかけしましたが、大丈夫です。もうすぐ迎えに来ると思いますし」 「和哉君だったらもう二階に来てるわよ? ここはもう大丈夫だから、あんたもう上がれば?」 「え??」 「二階で店長と喋りながら柚希の上がるの待ってるんでしょ? ほら、クリスマス本番だし、また柚希に何かあったらって思ったら……。実は見張ってるんじゃん? 愛だねえ。 アタシならちょい怖いけど」 「え~ そんな風にあんなイケメンに一途に愛されたい~ 一ノ瀬さん羨ましい。正直元カレの会社の友達紹介してもらってから別れて欲しかった……」 「私は夜に彼氏とお出かけなんですよ~。遊園地にイルミネーションみにいくんです」 「なにそれ、あたしらは三人で食事だわ。イルミネーションなんて川沿いのあれで十分」  きゃあきゃあと他の女性たちも口々に今日の予定を騒ぎ出したので、柚希はそっと持ち場を上がらせてもらって二階の事務所へ向かう階段を駆け上がっていった。 「和哉!」 「あ、兄さん」  和哉は確かに店長と一緒に背面に店のキャラクターのステッカーが貼り付いた、ノートパソコンを覗きこみながらなにやら作業中のようだ。 「おお、一ノ瀬。ちょっと和哉君お借りしてた。来年からは仕事と学業掛け持ちだからもううちのSNSからは引退……。それは寂しいもんだが、和哉君これから商店街とも一緒に仕事をしてくれるらしいね。会長から聞いたよ」 「え?」  そんな話はまるで知らなかった柚希は驚いて柔和な笑顔の大柄な店長とちょっと照れたような顔をした和哉の親子ほど年の離れた二人をしげしげと見比べてしまった。 「僕以前から、最近よく聞くと思うけどフードロス削減のためにもなるクーポン発行アプリの開発に携わってて、今参加店舗を広げているところで、主に沿線の商店街を中心に参加してもらう予定なんだ。それでここの商店街でも導入してくれることになったんだ。……兄さんのおかげで商店会の人たちと顔見知りだから助かったよ? 春の本稼働前に試験的に導入するお店を相談していたんだ。店主がその日割り引いても良い商品のクーポンを、日頃からお店に来てくれて登録しているお客さん向けに発行できる細やかなサービスで……、兄さん?」    兄にもわかるようにかなり噛み砕いて話をしていたはずだったのだが、急に兄が項垂れたので和哉は顔を覗き込んでぎょっとした。 「兄さん! 泣いてるの?」  ぶんぶんと首を振るが、明らかに目じりを潤ませた兄に、和哉はおろおろしながら店長と顔を見合わせた。 「お前、そんな仕事もするの? 知らなかった……」 「それだけが仕事じゃないけど、兄さんが仕事もしている、この街もこのお店も気に入ってるんだ。だから折角、沿線を開発している会社に勤めるから、昔からお世話になっている人たちに為になることしたいでしょ?」 (和哉は和哉で、俺が大事にしているこの店や商店街のことを想って……。色々考えていてくれたんだ)  黙り込み、弟の成長に胸が詰まって涙を浮かべた柚希と傍に行きたそうな湯和哉の姿に、店長が気を利かせて部屋を後にしていった。 (晶も沢山俺とのこれからのことを考えてくれていた。それに比べたら和哉はのことはまだ学生だから色々しょうがない、って心の中でどこか軽く見てたところもあったかもしれない。それにどうしてもいつまでたっても和哉は可愛い弟だって思う気持ちも消えなくて……。だけど違った。和哉は和哉で、俺の知らないところで沢山成長してる。俺よりずっと俺のことを分かってて……。俺たちのこの先の未来を考えていてくれた)  ぎゅっと身体の横で握った拳で和哉は勇気を振り絞ると、涙がぽろっと零れたままの顔を上げて和哉にすくっと応接にも使っている小さなテーブルと椅子を指差した。 「カズ、そこ座って」 「え? はい」  突然のことに棒立ちになった弟の暖かな手を引っ張って軽く動く白い席に座らせると、柚希は動き出した。  冷蔵庫に駆け寄って紙皿の上に載せられた小さなドーナツを取り出す。   冷凍品をゆっくり解凍したもので、結露でチョコに水滴がつくことを恐れて居れっぱなしにしていたから多分冷たい。でも我慢してもらう。    シンプルにホワイトチョコレートでコーティングしたドーナツ。  桃色のチョコスプレーと、その上に紅白の梅の花を模した花飾りを置き、おめでたい雰囲気を出してみた。その上にころっと丸い小さなドーナツに黄色い南瓜チョコでコーリングされたものをのっけて、大きさも色合いも柚に似せている。  そのドーナツをもって和哉の前に置き、朝出がけに頑張ってそれだけは入れた珈琲を赤いチェック柄の魔法瓶から注いでとんっと横に並べてみた。 「これ、冬至から新春にかけての新作の試作品。食べて。感想くれ」  柚希はぶっきらぼうにそういうと、着替えのためにそそくさと更衣室へ下がっていった。 (だ、だしたぞ。だしたぞ)  ばくばくと心臓が鳴る。  柚希は制服のエプロンを外して、頭から落髪防止用のネットと帽子を外すと、ふうっと大きく息をついて緊張を和らげようとした。そのまま砂糖で一部コーティングでもされたようにかぴっとするエプロンをゆっくりと外す。  ややあって、急に更衣室のドアが蹴破られそうな勢いでどんどんどんどんっと激しく叩かれた。  柚希はまだ着替える前の油くさい身体で、のっそりと僅かに開いた扉の隙間から照れた顔を覗かせる。 「美味かったか?」 「最高だよ」  そこには満月よりもなお、輝いた笑みを浮かべた和哉が、小さな金色の輪を右の人差し指と親指でつまみ誇らしげに掲げていた。  左手には少しずらされた紙皿の底を盾のようにもったへんてこな格好のままあ、彼にしては上擦った声をだす。 「イエス、はい! はい! 結婚します!!!」 「だよな?」    唇を突き出すように顔を寄せたら、勿論和哉が音を立てて軽く口づけてきた。そして大切に両方の手に贈り物を握りしめながら、柚希の背中に腕を回して背中が軋んで痛いほどに抱きしめてくる。  紙皿の底にあったのは金色の箔押しで印刷された、「Please marry me.」の文字。  昨日柚希が職場に忘れたクリスマスプレゼント。  それはドーナツの柚子の部分に切り込みを入れてセロファンに丁寧に包んで仕込んでおいたのは柚希渾身、プロポーズの為の指輪だった。 「……被ってて、ほんと恥ずかしいったらないだろ?」  そう言って柚希は制服の襟元のボタンをはずして金色の鎖を手繰り寄せた。  そこに耀いていたのは……。  金色のリングにダイヤモンドとルビーが寄り添うようにはめ込まれた揃いのリング。勿論和哉のリングにもルビーとダイヤモンドが並んで仲睦まじくはめ込まれている。  それをお互いに掌に載せて並べるように差し出した。 「いつ用意してたの……。気がつかなかった。番になってからまだ半年もたってないのに」 「色石を二つ選べるセミオーダーってやつだったから、意外と受け取りまでの時間融通してもらえたんだ。でもクリスマスに間に合わせるのは工房の人は大変だったみたいだ。三枝さんのお友達だからってちょっと融通利かせてもらえた」  そのうえアプリでいつでも柚希の居所が分かる和哉にしてみたら不思議に思うのだろう。実はそこは一芝居打っていた。半日休暇を入れてもらった日にスマホを職場に置いた状態で電車でジュエリーの工房まで出向いて、そして受け取りも会社にしてもらったのだ。 「色はプラチナってやつ? 銀色っぽいやつとこっちの色とで選べたんだけど。ほら、これさ、俺らのチームのユニホームカラー。白と赤と金。そっから取った安易だろ? 」 「安易じゃない。素敵だよ」 「石は二人を表しているって。一ノ瀬家ルールだとさ、揃いの持ち物の色決めてて、母さんがピンク、敦哉さんが青で、俺が黄色でカズは緑だろ? そっちの色とも思ったんだけど、敢えての、赤と白。めでたいし? 赤がお前で、白が俺。俺の中のカズのイメージは焔みたいに情熱的で真っ赤ってことでルビー、俺はいつもお前に白い白い言われるから、お店の人に勧められて、ダイヤが俺ってことにしてみた」  和哉は指先で愛おしそうに二石のはめ込まれた指輪を撫ぜて、感極まった声で呟いた。 「……言葉にならない。嬉しい」  柚希は仕事中指輪をできないしどうしようかとも思ったのだけれど、和哉はお洒落なのでアクセサリーを身に着けている姿はよく見かけたから、ここは和哉に合わせようと思い返したのだ。大きな身体をかがめるようにして小さな指輪を目を細めて眺め、口元を綻ばせて喜ぶ和哉の顔を見たらやはり贈ってよかったと思った。  番になってから、日常的に和哉から『結婚してから云々』と口には出されてきたが、柚希は遠い未来のことのように話半分にしか取り合わなかった。二人で共にまた暮らし、家族にも頻繁に会えるようになったことで柚希の中ではかなり満たされるものがあったからだ。  それでも不器用な柚希なりに和哉にいくら気持ちを伝えても、ふとした時に表情を陰らせていることが気になっていた。 (指輪はさ、ベタだけどまあ、ここで一区切りって感じだ。昨日みたいに和哉を不安にさせないで、俺だって愛してるんだって気持ちの具現化ってやつ)  柚希自身強い決意をもってクリスマスイブを迎える、はずだった……。 「いや、大分番狂わせがあって正直どうなるかと思ったけど、喜んでくれたし良かった、って、え??」  しかしまた憂い顔も眉目麗しく顔を曇らせた和哉がへなへなと足元に屈んで何やら小さな声でぶつぶつと呟いている。普段は頭上高く見えない和哉の項を久々に見て、悪戯心からつむじを指先でつついてみる。 「どうした?」 「……先越された」 「なに??」 「僕も……、予定だったのに」 「??」  しかしその後すぐに切り替えたようにむくりと立ちあがると、再び柚希を更衣室に押し込んだ。 「兄さん早く着替えて。家帰ろう」 「え? 今日は敦哉さんたちと約束してるから直接実家に帰るじゃないの?」 「いいから、早く!」        

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