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番外編 夏祭りの約束 1-1

☆柚希が冬にΩ判定を受けた、翌年の夏です。和哉、高校三年生。  夏。柚希が突然の発情からΩ判定を受け、家を出てからもう半年以上が経った。春に希望通り製菓の仕事を得て就職し、覚えなければいけないことや慣れなければいけない一人暮らしを無我夢中で過ごしているうちに、中々実家に顔を出せない日々が続いていた。  母からお父さんたちのお線香をあげにいらっしゃいと連絡があったのはちょうどお盆の頃だった。お中元の発送も落ち着いてきて金曜土曜と久々に連休がとれたので柚希は実家に顔を出すことにしたのだ。    連日猛暑日が続き、流石に柚希も自転車通勤を断念していたから、仕事が終わるとそのまま住んでいるアパートとは駅を挟んで反対側にある実家方面に歩きだす。  私鉄沿線で人気路線にありながら特段栄えた駅ではない。大きなスーパーがあるほかは小売店が数件ある程度で、後は学習塾や銀行がちらほら。少し歩けばすぐ住宅街にでる。 (和哉はきっとまだ塾だよな。母さんはもうじき帰ってくる頃だろう。敦哉さんにまた会えないのかな。会いたいな)  昨年の冬。専門学校生だった柚希は突然発情をし、αである尊敬してやまぬ義父の敦哉の発情をも誘発してしまった。それ以来、正月に一度顔を合わせた以外に敦哉は柚希が家に帰ってくる時には自宅を離れているのだ。  元は他人同士だった二組の家族が再び明るい未来に向けて手を携え歩きはじめていたのに。幸せだった家族の形を歪に歪ませ壊してしまったのがほかならぬ自分自身であることは明るく前向きな性格の柚希に暗い影を落としていた。  あの日あの時何があったのか。  柚希は熱く、狂おしい欲に飲み込まれ意識が朦朧としていて正直あまりよく覚えていない。それは狂気に呑まれた敦哉も同じことだった。敦哉はさらにかなり強い緊急用の抑制剤を投与されたこともあり、その後は激しい頭痛や吐き気など数日副作用に見舞われたともいう。柚希より後からすっかりやつれた姿で退院してきて、土下座をして柚希に謝ってきた。  逆に柚希の方が土下座をして謝りたいほどだったし、桃乃も責任を感じて泣きながらそんな敦哉に縋って謝っていた。  大事な家族のそんな姿を目の当たりにして、柚希は自分なりに責任を取る形で家を出ることにしたのだ。    一番気がかりなのは愛してやまぬ和哉の心に傷を負わせてしまったことだった。後から桃乃に前後不覚に陥った二人を文字通り身体を張って止めてくれたのは帰宅直後の和哉であり、多分一部始終を目撃したであろうことを聞かされた時は背筋が凍る思いだった。  多感な17歳が未遂とはいえ父と兄という関係の二人による発情期に近しい明け透けな行為を目撃してしまい、どれほど恐ろしい思いをしただろう。義理とはいえ父子で汚らわしいとさげすまれ、嫌悪感から避けられ続けられ続けてもおかしくないほどだと思った。  だが和哉は健気にも柚希の体調を気遣って、家を出ることを引き留め続けてくれた。Ωが一人で外で暮らしていくことに危険性をこんこんと諭され、時には泣き落としのように柚希がアパートに行くなら自分もついてくなどと言わしめ……。父の実家で母と親戚につらく当たられていた子供らしくあることを許されなかった不遇の時期を経て、やっと「普通の」家族の中で伸び伸びと暮らしていけている。そんな気持ちが強かった柚希は、皆の傍で暮らしたい気持ちが人一番強かった。桃乃と二人、やっとつかんだ幸せの形。  それでも柚希は家を出る意志を変えなかった。それを壊してしまった自分自身が許せなかったのかもしれない。

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