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番外編 夏祭りの約束 2-2
(よし。ちゃんとプロテイン飲んで運動して、身長がんがん伸ばして……。後はちゃんと進学して兄さんに見合う、父さんに負けない頼りがいのある男になるんだ。そのために受験勉強は手を抜かないのは勿論だけど……)
きりっとした顔をした和哉は両手で頬をぴしゃっと叩いた。
(僕が受験中だって、兄さんが絶対に他所にふらふらいかないように監視は怠らないようにしないとな。兄さんを寂しがらせないようにしないと……)
「和哉~、なんで浴衣がここにあんの?? 俺、着方分からないよ!!」
情けなくも甘い呼び声と共にけたたましい足音を立てて柚希がリビングの扉を凄い勢いで開け放つ。
「あ、和哉、いた」
ひらり、と白っぽい袖をモンシロチョウのように翻し、グレーのボクサーパンツの上は裸のまま浴衣を羽織った柚希が、ちょうど扉の前付近をうろうろしていた和哉の腕の中に飛び込むように部屋に入ってきた。
「わ、ごめん」
勢いよくぶつかってきた身体をバスケットボールよろしく正面から受け止める。髪の毛の雫がぱしゃり、と和哉の顔までも飛んできた。
「あぶないよ」
そのままよろける柚希の腰に手を回し引き寄せると、目が合えば魅入られずにはいられない彼の綺麗な瞳を覗きこんでから、半裸に近いあられもない姿に息をのむ。
(目の毒すぎだろ……)
骨格は同じ男のものだというのに、どうしてこんなにも兄の素肌は艶美に映るのだろう。胸元の薄い桃色の飾りは上気した素肌に色づき、ちらりと見ては目をすぐ反らしてしまうほど艶めかしい。程よく筋肉がついた身体だが腰の辺りはきゅっと絞られて、その下に伸びる白い脚はバスケット部だった頃よりは幾分ほっそりとして少し艶めかしく眼に眩しい。袖を通しただけのオフホワイトの浴衣の裾はふんわりと床に落ち、兄の日に焼けていない部分が湯上りに真珠の光沢を帯びた美しい肢体を柔らかく彩っていた。しっかり着付けをした後もその下の素肌を思い出しては兆してしまいそうな艶めかしさだ。
(このまま二階に抱いて連れ去って、押し倒してしまいたい)
ぐっと腰を抱く腕に力を入れて自らの方に引き寄せたら、上目遣いに見上げてきた柚希の顔に戸惑いが見えた。
(怖がらせた? 僕がαだから無意識に警戒してる?)
兄がΩの判定を受けてから、和哉はできるだけ今まで通りに接することを心掛けてきたし、当の柚希もβと信じて疑わなかった頃と同じようにふるまおうとしてきた。だが身体は正直なのだろう。今までいくら和哉に抱き着かれようとも無邪気に抱き着き返したりしてきた柚希だが、今はびくりっと無意識にその身体が強張ったのが掌を通じて伝わってきた。
(父さんとのことがあってから……。まだ半年だ。初めて発情期が来てから一年もたたない間は心身ともに色々と不安定な時期だって聞くから、あまり兄さんに負担をかけては駄目だな)
ただでさえ慣れぬ一人暮らしに就職して初めての猛暑。その上弟からおかしな態度をとられたらきっと兄の心は他所に安寧を求めに行ってしまうだろう。
(駄目だ。大人にならなきゃいけない。兄さんがいつでもこの家に帰ってきやすいように、いい弟として兄さんがいつでも何でも相談してくれるような間柄でいないと)
すると柚希の方が先にいつも通りののんびりした甘い声で、わびを入れてきた。
「和哉? ごめんね。洋服濡れちゃったな」
「別にいいよ。それより兄さん、なんて格好してるんだよ」
「え? しょうがないだろ。着方分かんないし?」
和哉は結局再び吸い寄せられるように湯上りの色香が匂い立つ、兄の姿を見つめてしまった。
(駄目だ……。兄さん不足過ぎて、もうどうしても離れたくない。離したくない)
離れて暮らしてからはスマホを繋ぎっぱなしで眠ってしまった柚希の無防備な寝姿を想像して、電話から漏れる吐息を聞きながら自分を慰めてしまった事もある。
今触れているのは夢にまで見た生身の兄の熱い身体。その腰の細さに、そのまま強く抱きしめてしまいたい情欲をかられ、唇を寄せて吸いついてしまいたくなる。
身動きを止めてまた押し黙った和哉の頬を柚希の優美な指先が愛おし気に撫ぜていき、石鹸の匂い立つ首筋をかしげて柚希は少し恥ずかしそうに柔らかく微笑んだ。その甘い仕草から柚希の中にある和哉を大切に想い愛してやまぬ優しさが十二分に伝わってきて、拗ねていた自分の幼さに和哉はかあっと頬を赤らめた。
「あ、やっぱ目立つよな? この土方焼けと首の境のとこ。みっともないよな」
「……そんなことない。兄さんはいつもすごく、綺麗だと思う。」
素直にそう呟いて、和哉は魅入られたようにゆるゆると腕を上げ、柚希の頤に指先を絡ませた。
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