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第3話

聞けば、伊吹はずっと気になっている相手がいるという。誰だろうか。中学時代の剣道部の後輩の子だろうか、それとも高校二年生の時に良く話していたクラスメイトだろうか。ふと気になったのは、今回は伊吹の口から対象者の名前が出てこないことだ。僕の知らない相手だから、言っても無駄ということだろうか。大学で知り合った人間なら、当然僕の知る限りではない。僕の知らない伊吹がいる。当たり前だ。もう、子供じゃないんだから、交友関係も変わってくる。ああ、嫌な予想が的中してしまうのかと僕は心の中で、笑う。 「言わなきゃいけないと思っている」 「まあ、言わないことには相手に伝わらないよね」 「以心伝心とかねーの」 「無理でしょ。仮に伊吹の好意が相手に伝わっていたとしても、相手は言葉が欲しいと思うよ。だって、本人から言われないと確信が持てないよ。自分の勘違いかもしれないと思ってるかもしれないし」  僕は経験が乏しい。  昔読みふけった書物からかき集めた知識を総動員して、言葉を紡いでいる。 「でも言ったら困るだろ」 「困る?」  何を言っているのだ。主語を言え、主語を。僕と伊吹しかいない状況で、この問いかけをする意図はなんだ。僕が困ると言いたいのか。 「お前が、困るだろ」  言いやがった。こいつ。  駄目だ。平常心だ。心を落ち着けなければ。しかし何故だ。僕が困るのをどうして知っているんだ。僕の想いは筒抜けだったのか。だとしたら、今までの僕は何だ。知られないように必死に隠してきたはずなのに。だって、知られてしまったら、傍にいられなくなる。気持ち悪いと思われてしまう。僕みたいな存在から、好意を寄せられていたなんて、屈辱でしかないだろう。未だに幼少期の夢を見る。 ――迷惑だ。うちも子供がいて、余裕なんてないのに―― ――そりゃ、気の毒だとは思うけど、ねえ―― ――お前、可哀そうな子なんだってな。でも、俺の方が可哀そうだよ。お前が転がり込んできて、お父さんもお母さんも迷惑してんだ――  遠縁にあたる養父母に引き取られて、伊吹に出会えて、僕は幸せだと思っている。だからそれ以上望んではいけない。ましてや、伊吹が僕に向ける以上の感情を向けてはいけない。  だって困ってしまうから。

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