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第5話 対面 2/5
「撫子さん。今後は、柊性を名乗らないように気をつけてください」
伊地知さんは厳しい口調でそう言うと、「今から馴れてください」と言った。
家を出た瞬間から僕は社長夫人になるべく教育が始まっているのだと気がついた。
「伊地知さん。時間はありますからゆっくりでいいでしょう」
「いえ、時間は1年しかないんですよ」
「まだいらしたばかりなんですから、徐々にと申しているのですよ」
恵美子さんは伊地知さんを押しのけるようにしてテーブルの側までやってくると、「香りのよい紅茶を用意しましたから、気持ち安らげてゆっくりされてください」と言ってティーカップに琥珀色の紅茶を注いだ。そして伊地知さんを連れて部屋から出て行った。
「………ふぅ……」
行儀が悪いとは思うけど、僕は奥のベッドに身を投げた。フカフカのベッドはふんわりと僕を包んで、微かに香る甘い匂いに気がついた。
紅茶とは違う甘い匂い。花のような……でもこの部屋に花は生けられてない。
甘くてもくどくなく、落ち着く香り。
その香りを胸いっぱいに吸い込むと目を閉じた。
ここ最近目まぐるしいほどの環境の変化に眠れずにいた。昨日も緊張からかあまり眠れなかった。
こんなに気持が落ち着くのは久しぶりだ……。
微かに人の気配を感じた。
母さんが起こしに来たのか。
まだ起き切れない頭で、もう少し寝ていたいのにと愚痴をこぼす。
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