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第9話 惹かれる 2/9
向かい合って両手首を掴まれていて後ろにいる恵美子さんを振り返った。
「恵美子。救急箱を持ってきて。撫子さんこっちへ」
腕を引かれてテラスの横の水まき用の水道のところまで連れてこられた。
「伊織さん。私は大丈夫ですからお仕事に……」
「俺が大人気ないことをしたからだよ。ごめんね。手当ては俺がしてあげるから」
大人気ないこと?
「お仕事……」
「何度も言わないで。仕事は大丈夫だから」
水道を開けるとホースから出てくる水で丁寧に両手を洗ってくれた。僕のスカートはもちろん、伊織さんの着ていたスーツのズボンも泥が跳ねて汚れてしまった。
「ちょっと痛むけど我慢して」
あ……。
その唇が傷口に触れて吸い上げた。ちくりとする痛みと離れるときのプチュッという音。痛みよりもその音のほうが胸を熱くした。
もう一度水で流して、ポケットから取り出したハンカチで押えられた。
ボーっとそれを見つめることしかできなくてハンカチをギュッと握り締めた。
「棘は全部抜けたよ。傷は浅いみたいだから。こっちにおいで」
両手をもう一度握りなされてテラスの中の椅子に戻った。
恵美子さんがすぐに救急箱を持ってきてくれて伊織さんは椅子に座った僕の前に跪くようにして座ると消毒液を染み込ませた脱脂綿で傷をふき取り、ガーゼをあててテープで貼ってくれた。
「もし痛むようなら医者に診せなさい」
隣にいる恵美子さんにそう言って、「ガーゼは明日取替えて」と言って立ち上がった。
「社長。こちらにおいでだったんですか」
離れたところから声がして皆が振り返るとそこには伊地知さんが立っていた。
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