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第10話 深夜の逢瀬 2/10
こんなのを毎日履いている女性は大いしたものだと感心すると同時に、呆れた。
何度も何度も降りて、躓く。
「出来ない」
階段の中間の曲がり角。広くなったそこに僕は膝を抱えて蹲った。
ヒールの靴は腹立ち紛れに階段の下に投げ捨てた。
こんなの履かなくてもドレスは着られるじゃないか。こんなの履かなくても靴は他にもある。
だけど、これが履きこなせなければ外に出してもらえない。会社に行くこともできない。
手を怪我したあの日から伊織さんには会っていない。拾ったハンカチも部屋に置き忘れられたスーツのジャケットも僕の部屋に置かれたままだ。
それはほんの少しの期待。
取りに来るかもしれないという淡い期待。
伊地知さんとは違う、ほんの少しの安心感と優しい言葉をかけてほしいから。
責められる言葉ばかり掛けられると気分は落ち込む。役に立たない人間なのだと鬱々とした気分になる。恵美子さんは無理をしなくていいと言葉を掛けてくれるけど、気分は晴れない。
「でも……出来そうにない」
「どうしたの?」
「え?」
顔を上げるとそこに伊織さんが立っていた。
手には僕が投げたヒールを持って。
「そんなところでどうしたの? 帰りたくなった?」
階段に蹲っていたからだろうか伊織さんはそう言って柔らく笑った。
薄暗い階段に影が重なって黒くなる。
「帰るところなんてないよ」
優しい声なのに内容はとても冷たい。
それは僕が逃げられない立場にあるからだろう。言う事を聞かせるために雁字搦めにされた人間が必要だから。
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