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第10話 深夜の逢瀬 3/10
蹲ったままの膝に額を付けて丸くなる。
「ここで何してたの? 俺を待ってた?」
さっきとは違うおどけた口調。
「待ってないです。……いつ帰ってくるかも知らないのに……」
「そうなんだ。それは残念だね」
待っていたと言って欲しかったのだろうか。いつでもこの屋敷に1人でいるというのに。放置しているのに。
「じゃあ、ここで何してたの?」
いつもののんびりとした口調で問われて顔を上げた。
「それ……その靴で階段を綺麗に降りることが出来たら会社に……連れて行ってくれるって伊地知さんが言うから……」
「会社に? 来たいの?」
首を横に振った。
会社に行きたいわけじゃない。ここから出たいのだ。ほんの少しでもここから開放されたい。
鬱々とした気持が少しでも晴れるなら、外に出たい。
「外に……外に行きたい」
それでもここにいるよりは気分が紛れる。朝から晩まで女性の格好をして『妻』教育をされて……自分を見失いそうな毎日。父や会社のためだとは分かっているけど、淡々とした生活は面白味もない。
「じゃあ、俺と出かけよう。鷹には俺が言ってあげる」
「それは駄目です。伊地知さんに怒られる」
社長の手を煩わせるなと言われたばかりなのだから。
「しばらく休みもなかったし、俺が何とかするから大丈夫だよ。遊園地にでも行こうか? 映画がいい? 楽しいところがいいでしょう?」
伊織さんはニコニコ笑った。
僕の言ったことが伝わっていることに驚いた。楽しいところ……。気分が落ち込んでいることをこの人は分かってくれた。自分を理解してくれたことが嬉しかった。
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