それに破談にならなければ僕は『隼人』に戻れない。 「……帰りたい」 もう一度呟いて俯いた。 「楽しいところに連れて行ってあげる」 伊織さんは俯いた僕の顔を覗き込んで笑った。 「俺が連れて行くから、君は付いて来て」 「だから、私は帰りたいって……」 「帰らない。連れて行く」 伊織さんは運転手にブランドショップの立ち並ぶ通り名を告げて目的地を変更した。 今走っている場所からそれは近くて、すぐにタクシーは停まった。 「こっち。俺の行きつけの店があるから」 手を繋がれて連れて行かれる。 「い、伊織さん。どこに」 「大丈夫だよ」 大きなガラス窓が印象的な白いビルに伊織さんは入っていく。 「須藤様。ご来店ありがとうございます」 すぐに出てきた男は深々と頭を下げた。 「うん。連絡無しに来てごめんね。ちょっと選ばせて」 伊織さんはそう言うと、「冷たい紅茶を用意して」と言って僕にソファーに座るように言った。 店内の中央には白いソファーが置かれ、服は壁際に少ししか置かれていない。伊織さんはその服を見に行ってしまった。 1人取り残されて仕方なく言われたソファーに座った。 伊織さんはここの常連客らしく、顔なじみのスタッフと談笑しながら服を選んでいた。 この間までは僕だって友達と服を選んだりしていたのに。 こうも生活が変わるなんて……。 こんなブランドショップになんて入ったこともなかった。