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第11話 脱走 7/11
不意に伊織さんの声が側で聞こえてびっくりした。自分の思考に入り込んでいて近づいていた伊織さんに全く気がつかなかった。
その欲しいの? は靴下のことだろうか……。
それとも子供のことだろうか。
その表情を見ても読み取る事は出来ない。
「いえ……可愛いなって思っただけです」
「そう? やっぱり夢見るものなのかな?」
「何を?」
聞かれる内容がよく分からない。何を夢見るというのだろうか。
「子どもが欲しいって」
にっこり笑って僕の手の中にある靴下を手に取った。
「そんなの……よく分かりません」
だって、僕は子どもなんて産めない。女の子じゃない。夢見たこともない。
「こっちに来て」
伊織さんは僕の手を取るとさっきまで伊織さんと一緒にいた店員のところに連れて行き、「これどう?」と白いシフォンのワンピースを見せた。胸元にある大きなリボンが可愛らしい。
「靴はこちらがよろしいかと」
靴やアクセサリーなども広げられて、正直女の子の物はよく分からないので、「お任せします」と答えた。
『子どもが欲しい』その答えに僕は呆然とした。
だって、伊織さんはきっと子どもが欲しいんだ。
そして、それは僕には絶対に叶えられない。前の社長から引き継いで社長なったのだから世襲制なのだろう。それはとても困る。
僕に子どもは産めない。
「撫子?」
「え? 何?」
「着替えてきて」
フィッティングルームの前で店員が待っている。慌ててそこに向かって、「1人で大丈夫です」と服を受け取った。
中まで付いてこられたら困るから。
受け取った服を持って中に入り、服を着替えた。
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