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第14話 望む嫌悪 3/14
偶然だったのだろう。逃げ出すために走った僕を抱き止めたのは演技だったのだ。
たくさんの社員の前で花嫁候補に逃げ出されるという恥をかかない為の。
「帰りたい」
俯いたまま呟く。静かなエレベーターの中。
「今はその時じゃない。撫子」
「いつっ、いつなら帰っていいの……もう嫌だ……帰りたい」
僕は撫子じゃない。
偽っているのがもう嫌で仕方がない。
名前を呼ばれると余計に苦しくなる。
「帰りたい、帰りたい……もう嫌だ」
一度言葉にすると止めることが出来なかった。
何度も帰りたいと繰り返して涙も止まらない。手の甲で何度も擦って、すでに化粧は剥がれ落ちている。
エレベーターが静かに止まって「おいで」と引き寄せられた。
「部屋に行こう」
歩き出さない僕を伊織さんは無理やり抱き上げた。暴れても降ろしてもらえず、カードキーで開けた部屋の中央にあるソファーに投げるように降ろされた。
「そんなに帰りたいの?」
立ったまま見下ろす伊織さんに頷いた。
「帰ったらもう会えないよ?」
頷いた。
伊織さんの口調はいつもの調子に戻っている。
近づいて僕の頬を撫でた。
「そんなに俺が嫌いなんだ」
それは僕の願い。
嫌われて帰ることができたら僕は自由になれる。
この苦しい思いからも開放される。
頬を撫でながら伊織さんは肩膝を僕のすぐ横に突いて僕をソファーに押し倒した。
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