61 / 78
第15話 約束の場所 2/15
「母さん。あの……僕、須藤さんに会いに行ってくる。会いに行ったら帰って来られないかもしれない」
母さんはソファーに座っている僕を見下ろした。
「僕、嫌われるなんて出来なかった」
2ヶ月以上あの広い屋敷で生活して伊織さんといたのはほんの少し。
「嫌われて……帰ってきたんじゃないんだ。伊織さん……すごくいい人なんだ。僕は騙すのが……とても苦しくなって……」
僕は『撫子』ではなく『隼人』として会いたいと望んだ。
そして、伊織さんは『隼人』と呼んでくれた。
「僕、『隼人』として伊織さんに……恋を……した。ごめん。母さん。撫子にはもうなれない。身代わりなんてできそうにない……」
「みんな、お嫁に行ってしまうのね」
母さんは笑って僕の横に座った。
男に恋をしたなんて母さんは許してくれないだろう。気持ち悪がるかもしれない。
「須藤さんはそれを受け入れてくれるの?」
「……わかんない。だから、今から会いに行ってくる。僕、もう撫子の変わりは出来ない……側にいるのに見てもらえないのはとても辛い。嫌われるなんて出来なかった……」
「隼人。お母さんは反対なんてしない。あなたが望むようにしたらいいわ。あなたが帰ってきたときに気がついたの。こんなに落ち込んでいる隼人を見るのは初めてだし、見ていて辛いわ。あなたがそれでいいなら行ってきなさい。晩御飯は用意しておくから」
それは僕が振られた時の逃げ道。帰ってこられるようにとの。
「うん。行ってきます」
僕が立ち上がると母さんも立ち上がった。
「あなたが『撫子』でも『隼人』でも大事な私の息子よ。……がんばって」
母さんは僕をギュッと抱き締めると背中を押した。
僕は約束の場所に向かった。
ともだちにシェアしよう!