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番外編 目一杯愛されたい

龍樹の大学の入学式は丁度桜の花が満開だった。 2人で暮らせるように優弥の職場と龍樹の大学の丁度中間地点に借りたマンションのエントランスの前で、桜の木を背景に真新しいスーツに身を包んで照れ臭そうに微笑んだ龍樹は今思い出しても悶絶しそうなほどにカッコよくて可愛かった。 社会人の優弥が持っているどのスーツよりも高価そうな濃紺のそれに赤いネクタイを締めて、いつもはふわふわと柔らかそうに揺れている髪の毛もきちんと落ち着かせた龍樹に、いってらっしゃいを言ったあの瞬間。ああこう言う未来がいつか訪れるんだと思うと天にも昇る思いで、危うく自分が遅刻しかけたのだった。 職員寮の狭苦しい部屋から抜け出して、これから愛する婚約者とめくるめくピンク色の同棲生活が─── 「訪れないまま早4ヶ月!夏休みになっちゃったんだけど!龍樹くんってば全然帰ってこないんですけどー!!ねぇ聞いてる!?聞いてる水樹くん!!」 『聞いてるから叫ばないでよもー!!切るよ!?』 「ごめんなさい!!」 勢いよく謝ったもののぐすぐすと情けないベソをかく優弥に、電話の向こうの水樹は遠慮のないため息を零した。 その影で微かに聞こえる掃除機の音。 婚約という形に収まっている優弥と龍樹とは違い、数ヶ月前に番と籍を入れて名実ともに人妻となった水樹は、大学と家事とで忙しない新生活を送っているようだった。 「ねぇ、水樹くん。下世話なこと聞いていい?」 『やだ。』 「だよね!!でも聞く!!」 『やだってば!!』 「発情期以外でもエッチするよね!?」 『やっぱりな!!そんなんだと思ったよ!!』 水樹の怒りのこもった叫びと共に、掃除機の音が止まった。続いてガタガタと物音がして、漸く静かになる。2人とも無言だった。 その静寂が、何故だか水樹から責められているような気さえして、居心地が悪い。 「…だって、エッチしたのなんて番になったあの時だけだし、キスだってほとんどしたことないし、でも龍樹くんが卒業するまでは仕方ないって思ってたけどさ…」 思っていただけに、卒業したらという思いが強かった。 2人で暮らす部屋を決めて、家具を揃えて引っ越してきて、新婚ホヤホヤの水樹たちにも手伝ってもらって早々に片付いた部屋でいざと意気込んだのは優弥だけだった。疲れたと小さな小さな独り言を零した龍樹は、布団どころかソファで寝落ちしてしまったのだった。 それから1週間経ち2週間経ち、大学生活もそろそろ落ち着いてくるだろうと思っても龍樹は一向にそういう気配を見せない。 それどころか朝早くから登校して夜遅くまで帰ってこない。なにをしているのかと思えば、尊敬できる素晴らしい教授に出会ってひっつき回っているのだとか。 「楽しいですね大学って。毎日充実してます。」 稀に見るいい笑顔でそんな風に言われては、優弥も一応教鞭をとる身、頑張ってねと言うしかなかったのである。

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