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溢れて来た涙を静かに拭うことは簡単でも、垂れそうになる鼻を我慢することは出来なかった。 すん、となるべくなるべく小さく鼻をすすったけれど、それは静かな部屋の中に響き渡ってしまい、結果龍樹にも聞かれてしまった。 「…先生?」 案の定訝しげに声をかけられて、優弥は慌てて首を振る。 なんでもない、という言葉を返そうとしたけれど、今声を出したらそれこそ涙声になりそうで、すんでのところで飲み込むしかなかった。 片付けたノートパソコンをギュッと抱き締めると、少し熱を発している。無機物が発する熱は少しも身体の奥には入ってこなくて、優弥の心は冷えていくばかりだった。 「先せ…」 「気にしないで!ほんと!俺、無理強いとかしたくないし…大丈夫だから!」 結局出した声はやっぱり涙声で、一度声を発してしまうと涙もこぼれそうになってしまう。 ぐしっと先ほどよりも大きな音を立てて鼻をすすり、溢れんばかりに溜まった涙を拳で拭うと、優弥は今度こそパソコンを片付けてキッチンに逃げ込んだ。 わざと音を立てて冷蔵庫を開け閉めしたり、バタバタと慌ただしく動くことで心のバランスを保とうとした。龍樹の、そして自分の気を逸らす事が出来ればと思ったのだ。 「…先生。」 「待ってて、お腹空いたよね!温めるだけだからすぐ出来るから…」 「先生、ちょっと。」 「あ、なんなら先にお風呂入ってくるとか…」 「先生!」 少し大きな声を出されて、優弥は手にしたグラスを取り落とした。 響き渡る、ガラスが割れて飛び散る音。破片があちらこちらでキラキラと光っている。 優弥が昔100円ショップで買った、なんの変哲も愛着もないグラスだ。けれど、その安いグラスがまるでなんの面白みもない自分と重なって感じて、優弥は少し悲しくなった。 「…先生、それ俺が片付けるから。ちょっと俺の話聞いてもらえませんか。」 龍樹の声は、低くはないが静かだ。 抑揚がないというと語弊があるかもしれないが、どこか感情の起伏が少ない。そんな静かな声が、優弥は好きだった。 それなのに、決して怒りを感じさせるような声色ではないのはわかるのに、いつものようにその静かな声に穏やかな安らぎを見出すことはできなかった。 コクリと小さく呟くと、龍樹は一度立ち去り、掃除機と新聞紙を手に戻ってきた。 かちゃかちゃと小さな音を立てながら綺麗になっていくキッチン。龍樹の指先の動きを、ぼうっと眺めていた。

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