3 / 131

第3話

魚の食べ方で育ちが知れる。 そう厳しく育てられた龍樹は今日の朝食のメインであるアジをきれいに解しながら、溜息をついた。 「…溜息多いね?なに、発情期前なの?」 「味噌汁かけるぞ」 「うわぁ、冗談やめてよ」 「お前がな」 「しかもなめこ汁じゃない」 水無瀬は曖昧な笑みを浮かべて肩を竦めた。 外国の血を引く彼がそうするとひどく様になるが、聞けば日本から出たことは一度もないし、外国語は試験に必要な程度しかわからないという。 そういう割には、授業では随分と流暢な英語を披露してくれるのだけど。 生まれながらにして成功を約束されたα性。まるで水無瀬のための性のようだと思う。 かく言う龍樹本人も、α性を持つ1人だ。 「コーヒーもらってくるけど、龍樹もいる?」 カタンと控えめな音を立てて席を立った水無瀬は、少し伸びている髪を耳にかけた。 その瞬間、仄かに香るよく知った香り。 いつもの水無瀬から香るものとは違うシャンプーの香りだ。 自分も使っているからすぐにわかる。 しかしそのシャンプーを使ったのは、自分の部屋の浴室ではない。 双子の、兄の部屋の浴室だ。 (…泊まってきたのか) ぐ、とほんの少しだけ下を向いた。 わかっている筈なのに、時々顔を出すのはもう1年以上も前に断ち切ったつもりの彼への想い。この美しい人が自分のものだったあの頃の幸せな思い出だ。 黄色人種の自分とは違うその白い手が、とても冷たいことを知っている。 冷え性なんだとカイロを揉む彼の手を、強引にポケットに誘ってその中で繋いだ日を昨日のように思い出したが、すぐにその残像を追いやった。 あれからもう1年なのか、それともまだ1年なのか。 「お茶がいい」 事故だった。 そう、事故だったのだ。 (だって水無瀬はあの時俺を助けてくれたんだから) その助けが、最も綺麗な丸い形に終わらなかっただけだ。

ともだちにシェアしよう!