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第19話
キッチリ締められたネクタイに手を掛けて、その煩い口を塞いでしまえと顔を寄せた。
そしてその唇が重なる直前。
ビタッと、龍樹の動きが止まった。
ーーーやだ、やだぁ痛い、痛い…!
ーーーな、にしてんだよ!水樹!水樹ぃ!
脳裏に浮かぶ、心の奥底に封印した記憶の欠片。
泣き叫んで嫌がる水樹。
息を荒くして水樹に被さる男。
それで、そのあと。
ただただ見ていた。
指一本動かすことも出来ず、ただそこで見ているしか出来なかったあの光景が蘇る。
ドンッ!
「………あ、」
突然突き飛ばされて受け身を取ることも出来ず、落合はその場に尻餅をついた。
呆然と見上げてくる目には涙がたっぷりと溜まっている。
それが何を意味する涙なのかわからない。
発情しているからなのか。
それとも拒絶なのか。
期待なのか痛みなのか恐怖なのか。
今自分は、何をしようとした?
図書室には相変わらず落合の強烈なフェロモンが漂っている。
あんなにも揺さぶられたはずのそれに、もはや龍樹は恐怖しか感じなかった。
「みずき、」
「え?」
「助けないと」
カタカタと指先が震えてくる。
細い呼吸音が自分の喉から聞こえてきて、息苦しくて、龍樹は無意識に自分の喉元に手をやった。
それで少しも改善されることはないのだけど。
「たつきくん…?」
動け。
龍樹は数歩、覚束ない足取りで後退る。
落合がそれを追って手を伸ばしたが、その手が龍樹に触れることはなかった。
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