20 / 131
第20話
すぅっと冷静になった時、兄の腕の中にいた。
随分と苦しかった呼吸はすっかり元に戻ったが、酸素不足で指先が若干痺れている。
小さな手がゆっくりと背を摩ってくれるのがとても心地よかった。
「…ごめん」
細い肩に額を預けて呟くと、そっと微笑む気配。
背中を摩ってくれていた手でふんわりと龍樹の手を握られて、ゆっくりと立たせてくれた。
いつもは自分の方が体温が高いのに、この時は水樹の手の方が温かかった。
「お茶淹れよっか」
龍樹は過呼吸持ちだ。
幼い頃の凄惨な体験から、何かというと発作を引き起こして軽い錯乱状態に陥り、そしてそれを宥めるのは大抵水樹の役割だった。
成長と共に少しずつ頻度は減ってきたし、症状も軽くなってきていたので、今回のように水樹のところへ駆け込んできたのは随分久し振りのこと。
目の前に現れた湯呑みは湯気を立てている。そういえば随分と喉が渇いているような気がしてすぐに手を伸ばした。
「あっつ」
「淹れたてだからね」
少し火傷したかもしれない。
結局、せっかく出してくれたお茶は温くなるのだった。
暫く静寂が訪れる。
水樹は手持ち無沙汰なようで頬杖をつきながらスマホをいじっていた。
仲が良いとはいえ、二人きりのときに大した言葉もないのは珍しくないので気にしていないのだろう。
どこか落ち着かないのは、龍樹の方だった。
「…聞かないのか」
何があったのか。
言外にそう伝えると、水樹は漸く顔を上げた。んー、と小首を傾げる仕草はあどけない。
「聞いて欲しいんなら、聞くけど」
「けど?」
「聞いて欲しくなさそうに見える」
違う?と続けられた言葉に、龍樹は緩く首を振った。
敵わないのだ、この兄には。
隠し事も出来ないし、心の奥底で望んでることもバレてしまう。
「…お見通しかよ」
「お兄ちゃんだからね」
「数分な」
いつものやりとりが、心を安らげた。
ともだちにシェアしよう!