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第22話
怖い人。
その言葉があまりに意外で。
なんて言葉を返したらいいのか悩んで、それなのに、
「…怖い?」
結局出てきたのはそんな鸚鵡返しだけだった。
水樹は少し気まずそうに頷くと、先を話し出した。
「なんていうか、俺がΩだからかもしれないけど…あーαなんだなって。いや、知ってたけどね?別に水無瀬は自分がαだって誇示しないけど、やっぱり目立ってたし、知ってはいたんだけど…」
なんて言えばいいんだろ、と、水樹は頬を掻いた。
口達者な水樹がここまで口籠るのは珍しい。龍樹は意外に思いながら続きを待ったが、あーとか、んーとか、そういう意味を持たない喃語のようなものしか出てこない。
「でも別に、俺や他のαにそんな反応しないだろ?」
「それがよくわかんないんだよ、わかんないけど…でも奈美もあの人怖い無理って言ってたし、水無瀬がαすぎるんじゃないの?」
「αすぎるってお前表現…」
「龍樹みたいに語彙力ないんで勘弁してください」
水樹は両手を上げて話を打ち切った。
もう話すことはないとでも言わんばかりに。
恐怖。
龍樹が落合に感じたものと、同じ感情だ。けれど。
(きっと、違う恐怖だ)
Ωがαに対して本能的に感じる恐怖。
水樹が感じたのはそれだろう。
だとするなら、龍樹が落合に感じたものとは別物だ。
未知の自分を引きずり出して、今までの自分を根刮ぎひっくり返されそうなあのフェロモン。
それに抗うことが出来ないのは、なんとなくわかっていた。
だから怖いのだ、落合が。
(…水無瀬は)
水無瀬は、水樹に出会った時、何か感じたのだろうか。
聞けばきっと、彼は答えてくれるだろう。だけど、あまり知りたくない。
もしも水無瀬が水樹に何かを感じていたのだとしたら、水樹に惹かれていながら自分の手を取ったことになる。
あの日あの時、あの人の心が自分には無かったのかもしれないなどと、考えたくも無かった。
今更水無瀬と再びどうこうなりたい訳ではないが、あの時の幸せな思い出はそのままにしておきたかった。
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